第32章 迷子の迷子の鬼狩り様✳︎煉獄さん
その後煉獄様は、言葉の通り”遠慮なく”鍛錬を始めたようで、家が見える範囲の距離をぐるぐると走り回り、腕立て伏せ、腹筋、背筋、素振りと、常人の私の感覚では俄かに信じがたい量の運動をこなしていった。
あまりの見事さに目を奪われていた私は、間もなく昼の時間になることもすっかり忘れ去っていた。炊けているご飯も、汁物もなく、あるのは常備している漬物のみ。
…私はともかく…あれだけ食べる煉獄様だもの…きっともうお腹を空かせているはず。あまり気は進まないけど、町に食べに行こう
そう結論付け
「煉獄様!昼食は町に食べに行きます!着替えと手ぬぐいを準備しておきますので、終わったら使ってください!」
と、家から少し離れたところで素振りをしている煉獄様に声を掛ける。
「あいわかった!」
相変わらずのおじさん臭い喋り方に少し笑いながら、私は1人、家の中へと戻った。
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「随分と笠を深く被るんだな。それじゃあ前が見えないだろう?」
頭に被っている笠のせいで、その表情を伺うことはできないが、煉獄様の頭の上に疑問符がしっかりと浮かんでいることがその声色から容易に想像できてしまう。
「…日差しが苦手なんです」
「…そうか!」
あまりにも下手な言い訳に、何か突っ込まれるかとドキドキしたが、煉獄様は何も聞いては来なかった。
笠を深く被る理由。それは、私を知っている人間に顔を見られないためだ。万が一、私を…父と母と普通に暮らしていたころの私を知る人に声でもかけられるようなことがあれば、そこから親戚に居場所を知られてしまうかもしれない。
人の集まらない時間はともかく、今は昼食を求める人々で町は賑わっている。だから邪魔であろうとなんだろうと、この笠を外すわけにはいかなかった。
「煉獄様は何がお好きですか?」
「サツマイモが好きだ!」
「…サツマイモ…限定的すぎます。それじゃあ…何か嫌いな食べ物はあります?」
「ない!なんでも食べる!しいて言えば苦い薬が嫌いだ!」
「…ふふ…それは食べ物ではありません」
「そうだな!」
結局、煉獄様との会話で大したことはわからなかったので、すぐそこにある定食屋に入ることにした。