第32章 迷子の迷子の鬼狩り様✳︎煉獄さん
そう思いながらぴょこぴょこと跳ねている毛先を見ていると
ぐぅぅぅぅ
目の前に立つ煉獄様のお腹が盛大な音を立てた。今まで聞いたことのない、大きい大きいお腹の鳴る音に、パッとその音の発生源であるお腹を凝視した。それからゆっくりと煉獄様の顔へと視線を移すと
…頬…赤くなってる…
表情はさっきと殆ど変わっていないのだが、流石にあの大きな腹の音は恥ずかしかったようで、両頬が仄かに赤く染まっていた。
「…何か…召し上がりますか?」
私がそう尋ねると
「そうさせてもらえると助かりますっ!」
恥ずかしさを隠しているのか、先ほどよりも大きな声でそう言った。
「…では…どうぞお入りください」
こうして私は、この隠れ家に一人で暮らすようになってから、初めて人を招き入れることになったのだった。
「…それじゃあ煉獄様は他のことは全部覚えているのに、帰り道だけわからないと…そういうことですか?」
「あぁ。俺には柱として与えられた屋敷と、生家。帰るべき場所が2つあるということも分かっている。だがそこへの道筋が全く浮かばない」
煉獄様は私の漬けた漬物をおかずに、私が今朝炊いた、朝、昼、夜用のご飯を全て食べきる勢いで平らげながら何ともなさそうな口ぶりでそう言った。
「血鬼術…そんな不思議なものが…この世にはあるんですね」
「あぁ!」
煉獄様はそういうと、お皿に乗った最後の漬物、たくあんをポリポリと食べ
「美味い!」
根菜のたっぷり入った味噌汁を飲み
「美味い!」
お茶碗に入った残り1口分くらいのご飯を美しい箸づかいで口へと運びゴクリと飲み込んだ。
「…美味い!!!」
「…それはよかったです」
血鬼術の影響で帰り道がわからなくなってしまった煉獄様は、鬼狩りのパートナーである鎹鴉という特別な訓練を受け、喋ることもできる鴉に連れられ帰路についている途中だったという。
けれども、新手の鬼の気配を察知し、自分が帰り道がわからくなっているという状況を忘れ、パートナーを置いてこの辺りまで来てしまったとのことだ。
更に不運なことに、銭を入れる巾着は持ってきていたものの、中味が殆ど入っていなかったらしく、夜通しの見回りで空腹で困っていたところ、どこからともなく香ってきたご飯の香りを辿りここに着いたのだという。