第29章 抱き枕はどこへ?【掌編✳︎炎風音水霞柱】
【無一郎とラッコ】
仕事から帰り、最近一人暮らしを始めた1Kのアパートの鍵を開け、ドアを開ける。開けてすぐパッと目に入ったメンズのスニーカーの存在に、実家が隣同士の6歳年下の幼馴染がまたしても上がり込んでいることを私は理解した。
手洗いを済ませ、部屋に行くと、いつの間に買って来たのか、私と色違いのマグカップを手に、少し高めのドリップコーヒーを飲みながら課題か何かをやっている無一郎の姿が。
「おかえりすずね」
「ただいま無一郎…じゃなくて!なんでまたいるの?合鍵渡したのは私けど、有一郎がうるさくて勉強できないからっていうから仕方なく一時的に渡しただけだよ?なんか最近当然のように毎日ここにいるじゃん」
「そうだっけ」
「そうでしょ!まったく…あれ?」
ふとベットを見ると、私が毎日抱っこして眠っているラッコの抱き枕がない。
目が真ん丸で、焦茶色のもちもちボディで、手にホタテの貝殻なんて持っちゃってる可愛い私のラッコが
「…無一郎」
「なぁに?」
所定の場所にいない。
ばさりと掛け布団をまくっても
ベッドの下をのぞいても
脱ぎ散らかした部屋着の下を見ても
部屋の中を見渡してみても
何処にもない。
「私のラッコ知らない?」
「うん。知ってるよ」
「やっぱり知ら…っ…え?どこ?」
知っているという答えに無一郎の方を見てみるが、無一郎が持っている様子はない。
首を傾げ、無一郎の返事を待っていると
「僕のお尻の下だよ」
「え!?お尻の下!?」
ごく当たり前のことのようにそう言った。
無一郎に近づきまさかそんなと思いながらもそのお尻の下を覗き込むと
「ちょっと!酷い!ぺっちゃんこじゃん!」
無一郎のお尻に敷かれ、ぺちゃんこになっている私の可愛いラッコの姿が。
「もう!どいてよ!それ座布団じゃないんだよ?抱き枕だからね!」
そう言いながら無一郎を両手で押しのけ、私の可愛いラッコを無一郎のお尻の下から救出する。
ラッコはぺたんこになってしまっているが左右からブニブニと形を整えるように押すといくらか形がマシになった。
そんな私の様子を
「…さっさと捨てなよ、そんなラッコ」
無一郎はテーブルに肘をつき、呆れた様子でそう言った。