第29章 抱き枕はどこへ?【掌編✳︎炎風音水霞柱】
天元さんは私から離れ、部屋を出ていってしまった。その背中を、待っていろと言われたのにも関わらず私は追いかける。
納戸から出てきた天元さんの手にはジンベイザメがおり(尻尾を持つなんて!もっと優しく扱ってください!)私は恨めし気にその手をじっと見つめた。
「返してほしいか?」
「…可能であれば」
「じゃあ約束しろ」
「…何をです?」
天元さんは右手にひっつかんだジンベイザメをズイっと前に出し
「こいつを触ってるのは俺がいないときだけにしろ」
そう言った。それでその子を返してくれるのであれば構わないとは思ったが、なぜそんな約束をさせられるのかがわからない。僅かに首を傾げながら天元さんの顔をじっと見つめていると
「お前な。こいつが来てからほぼ毎日こいつにベッタリじゃん。俺様よりこいつに触ってる時間が多いってどういうことよ。甘えたかったら素直にそう言え。いつまでも遠慮してんな」
天元さんはむっとした表情を浮かべながらそう言った。
…どうしよう…嬉しい。
同棲を始めるほどに恋人としての仲は深まっていると思う一方で、やはりどうしてこんな素敵な人が私と…という思いが拭えず遠慮している部分があった。だから天元さんではなくジンベイザメで日々その不安を解消ていた。
「…抱き着いても…いいですか?」
「いいに決まってんだろ。ほら、来いよすずね」
天元さんはそう言ってジンベイザメの尻尾を右手につかんだまま腕を広げた。
ダッと勢いをつけ
「っ大好き!」
その大きな身体にギュッと抱き着いた。
「言っとくが俺の好きのほうが重いぜ?」
「そんなことありません」
「…あっそう。なら顔上げてみろ」
その言葉に従い顔を上げると
「…んむ!?」
むちゅぅぅぅぅ
窒息しそうなほどの熱く濃厚な口づけを送られた。
それからジンベイザメは私ではなく、なぜか天元さんのそばに陣取ることが多くなった。理由を聞くと”俺様の匂いつけてやってんだよ。俺がいねぇ時、俺だと思って抱っこしてな”なんてニヒルな笑みを向けられた私は
「…素敵…すぎます」
眩暈でクラクラしそうなほどに天元さんの色気にあてられてしまったのだった。
-パターン天-END-