第29章 抱き枕はどこへ?【掌編✳︎炎風音水霞柱】
【天元さんとジンベイザメ】
残業から帰り、”お帰りぃ。飯買ってあるからあっためて食いな”と言いながらリビングで早めの晩酌を始めている天元さんにお礼を述べ、さっさとこの窮屈なスーツから着替えようと寝室に足を踏み入れた私は驚愕した。
「っ天元さん!」
私のひどく焦った声を聞いた天元さんが毎度のごとく足音も立てず(驚くからやめてほしいと何度お願いしても”癖だから無理”と一蹴されてしまう)天元さん好みの辛口白ワインが入ったワイングラスを片手にやってきた。
「…私のジンベイザメが…見当たらなくて」
ついこの間、職員旅行で沖縄に行った天元さんが私のためにと買ってきてくれたジンベイザメの抱き枕。嬉しくて、寝るときは勿論のこと、リビングでテレビを見るときも抱っこしていたのに。この子がいれば、天元さんが飲みに出かけて遅くなる夜も、寂しい思いをせずにいらせるようになったのに
「…私のジンベイザメ…どこにあるか知りませんか?」
その子が見当たらない。
「…私の…ジンベイザメ」
「俺が納戸にしまった」
「そうですよね…知らないですよ…ん?」
一瞬さらっと流しそうになってしまったが、天元さんは先ほど”納戸にしまった”と言わなかっただろうか。
…いやまさか。
念のためと思い、私を後ろから抱きしめ、上から見下ろしてく天元さんの顔を真上を向くようにして見た。
「ジンベイザメ…」
「だから俺が納戸にしまったって言ってんだろ」
やはり聞き間違いじゃなかった。
「…っどうしてです!?どこにしまったんですか!?なんでしまったんですか!?」
離れている間も、私のことを考えていてくれたんだと嬉しかったのに。普段こういった類のものを家に置くことを嫌がる天元さんが、初めて私に買ってくれた大切なものだったのに。
「…どうして…?」
生理前で感情が不安定になっているせいか、じわじわと目の奥から涙がせりあがってくる。
「…まじか…なにも泣くことねぇだろ」
そんな私の様子を、天元さんは相変わらず後ろから抱きしめながらじっと見降ろしてくる。
「すみません…情緒不安定な時期でして」
スンスンと鼻を鳴らし涙がこぼれそうになるのをぐっとこらえていると
「…しゃあねぇ。少し待ってろ」