第29章 抱き枕はどこへ?【掌編✳︎炎風音水霞柱】
乾燥する時期になったとは言え、夜になれば気温は低い。
また一緒に寝られるのは明日の夜からかなぁ
そんなことを考えていると
「つぅかすずね。あいつをベッドに入れんのは禁止だァ」
「っえ!?どうしてです!?」
実弥さんにより、シャチをベッドに入れるのは禁止命令が下された。
「セミダブルで元々狭ェんだ。あんなでけぇぬいぐるみがあると、余計狭く感じんだろぅがァ」
「…でもあのシャチは抱き枕であってぬいぐるみではないんです!柔らかくって…ほら!実弥さんが洗ってくれたからいい匂いもしますよ!」
私はなんとかその禁止命令を覆そうと、必死にいかにあのシャチがいいものかをアピールした。けれども
「だめなもんはだめだァ」
「そ…そんなぁ…」
実弥さんは首を縦に振ってはくれない。
…でも…確かにあのセミダブルベッドにシャチと3人(2人と1匹か)は狭いか。広いからダブルベッドがいいっていう実弥さんに広いと寂しいからセミダブルがいいって言ったのは私だし…
「…わかりました…あのシャチは…ソファーに引っ越します」
ごめんね。私のシャチ…
心の中でシャチに謝りながら
「着替えてきますね」
肩を落とし、とぼとぼと寝室に入ろうとすると
ポン
と、実弥さんの大きな手が私の頭のてっぺんに乗せられた。
「…んな落ち込むんじゃねぇよ」
そう言いながら私の頭を優しく撫でてくれる実弥さんを、甘えるようにじっと見上げる。
「…っ…仕方ねェだろォ!お前シャチ抱えてると…俺に背中向けて寝るだろォがァ…」
「……へ?」
ボソリとつぶやかれたその言葉に一瞬我が耳を疑った。
…今の発言は…何?ん?要するに実弥さんは、シャチがあると私が実弥さんに背中を向けて寝るから…それが嫌ってこと…?いやいや!まっさか!実弥さんがそんなかわいいこと言うわけない…
と、思ったものの実弥さんの頬は見る見る内に赤く染まっていく。
…やだ…落ちちゃう
強面で、生徒から恐れられている数学教師の不死川実弥は、恋人である私に背を向けて寝られるのが寂しいらしい。
「…やば…好き」
そんなかわいいスパダリの一面に、私がより深く恋に落ちてしまったことは言うまでもないだろう。
それ以降、ピンクのシャチがセミダブルのベッドに招き入れられることはなかった。
-パターン実-END-