第29章 抱き枕はどこへ?【掌編✳︎炎風音水霞柱】
あまりにも可愛い杏寿郎さんの様子に、胸がキュンキュンと高鳴るのが抑えられない。
「…すずね…」
杏寿郎さんは絞り出すように私の名を口にした後、バッと俯いていた顔を上げ
「君はいつも、このアザラシを抱きかかえて寝ているだろう?…俺だって君にそうされたいのに…このアザラシはズルい!」
「…っ!」
…あぁ…萌え殺される…
「俺もすずねに抱き着かれて寝てみたい!毎晩アザラシを抱いて寝る君に腕を回す…はっきり言って悔しい!……だから…隠してしまった。そうすれば、君はアザラシでなく俺に抱き着いてくれると思った…すまない」
…可愛いが…過ぎる…
私は、再びしょんぼりと肩を落とす杏寿郎さんの腕からアザラシを回収しポイっと掛け布団がぐしゃっとなっているダブルベッドに放った。アザラシがいなくなり手持ち無沙汰になったのか、宙に浮いたままになっている杏寿郎さんの腕の中に自ら納まり
「…気が付かなくて…すみません。今日からは、アザラシじゃなくて…大大だぁい好きな杏寿郎さんに抱き着いて…寝かせてください。だから、そんな顔しないで下さい。ね?」
杏寿郎さんの筋肉質で引き締まった腹部に抱き着き、私より頭ひとつ分以上上にある顔を見つめる。
「…うむ!そうして欲しい!」
杏寿郎さんはパッと明るい太陽のような笑顔を浮かべた後、すっとそのアーモンドのようなきれいな瞳を怪しく細め、私の右耳に口元を寄せた。
「…繁忙期で疲れていることは承知している…だが、今夜すずねの事を”抱いて”寝てもいいだろうか?」
「…っ…!」
あまりにも艶っぽいその声色に驚き、肩がピクリと上下した。
「意味は分かるな?」
「……はい…」
「ん。いい子だ」
その夜は宣言通り、杏寿郎さんに存分に"抱かれ"眠りについた。
その日以降、私はアザラシのではなく、普段はとても凛々しいのに、甘えるととんでもない破壊力を発揮する恋人に抱き着いて眠るようになった。
それでも、杏寿郎さんが夜遅くまで書斎で仕事をしている時だけは
「…やっぱりこのフニフニのもちもち感…たまらなぁい」
ベッドから窓際に引っ越したアザラシを私の腕の中に招待し、存分に愛でているのは私とアザラシだけの秘密である。
-パターン杏-END-