第28章 雨降って愛深まる✳︎煉獄さん※裏表現有
私は思わず杏寿郎様の右腕から逃げるように、左に数歩移動した。
「…すずねさん?」
その行動を不思議に思った杏寿郎様が振り返り、私の顔をじっとその猛禽類のような目で見る。そんな杏寿郎様の向こう側に、私の様子をじっと伺うように見ている男性の視線も感じた。
名を呼んでも何も答えない私の様子がおかしいと気がついたのか、杏寿郎様は男性の方に向いていた身体を私の方へと変え、手を伸ばしながら私へと一歩近づいてきた。そんな杏寿郎様の手から思わず逃げるように一歩後ずさった私に
「…っ…!」
杏寿郎様は眉間に深い皺を寄せ、困惑した表情を見せた。
…今は…触れられたく無い…
あんなにも触れて欲しいと思っていたのに。
その瞳で見つめて欲しいと思っていたのに。
すぐそばに甘露寺様がいると思うと、嫌だと思ってしまう自分がいた。
杏寿郎様から目を逸らすように視線を動かすと、その先にいた男性と目が合い
ニッコリ
まるで"全部わかってしまいました"と言わんばかりの笑顔を向けられてしまう。
そんなことをしている間に
「え?え?なになにこの状況?なんだかドキドキするわ!」
「蜜璃さん!そんなに楽しそうにする場面ではないかと思います!落ち着いてください!」
杏寿郎様を追ってきた甘露寺様と千寿郎様がこの重苦しい空気を発している場所まで辿り着いてしまった。
コホン
男性がわざとらしい咳払いをし、杏寿郎様は僅かに首を動かし男性の方へと視線をやった。
「…ご結婚されているというのであれば仕方がありません。ですが、何やら彼女は貴方に不満を抱いてらっしゃるようだ」
「……何が言いたい?」
そう言った杏寿郎様の声は、聞いたことがないくらいに低く、私に向けられたものでは無いというのに、思わず恐怖心を抱いてしまうほどだった。