第5章 その姿は俺だけの前で【暖和】
「…っそんなわけないじゃないですか!杏寿郎さんの意地悪!ばかばかばか!」
そう言って杏寿郎さんの頭をバシバシと叩く私を完全に無視し、
「すまないが俺たちは先に失礼する。君たちも気をつけて帰るように」
そう告げると、杏寿郎さんはグッと一瞬屈み
ザッ
とあっという間に4人の前から遠ざかった。
———————————
杏寿郎さんは移動しながらも私を横抱きに持ち変え、脚を一度も止めることなくそのまま慣れ親しんだ街まで戻り、外壁を飛び越え煉獄家の敷地に侵入し、草履を縁側にさっと並べ、私の部屋ではなく杏寿郎さんの部屋に飛び込むように入室した。任務地から杏寿郎さんの部屋にたどり着くまであっという間すぎて目が回りそうになった。
ストンと部屋の真ん中に座らさられ、つい先程まで腰に巻かれていた炎柱の羽織を杏寿郎さんの手で外されると、急に脚の心許なさが思い出された。私は急いで自分の羽織を脱ぎ脚を隠すようにそれを置き、自分を見下ろす杏寿郎さんを恐る恐る見上げた。
ジーっ
と杏寿郎さんが見下ろしていたのは確かに私だったのだが、その視線は明らかに太もも辺りに集中している。
「あ…あの…先程はいくら恋仲とはいえ…上官である杏寿郎さんに向かって暴言を吐いてしまって…すみませんでした」
「その事については特に気にしていない」
杏寿郎さんのその言葉に、私の口からはほっと溜息が漏れた。
「だがすずね、君には何故そんなあられもない格好で任務に出ていたのかを聞く必要がある」
そう言いながら杏寿郎さんは、私の鼻にその形の良い鼻がくっついてしまうのではないかという程近づけてきた。
「…っ…近いです…」
「俺と君は恋人関係だ。このくらいの距離、普通のこと。それで?何故そんな格好をしている?いつもの隊服はどうした」
私はこの隊服に袖を通すに至った事の顛末を、依然として近すぎる距離にある杏寿郎さんの顔から視線を外しながら何とか説明をした。
「成る程。ではその縫製係の隠の者がすずねの意思とは関係無しにその極めて丈の短い隊服を支給してきたと、そういうことか?」
「…はい。もちろん突き返したい気持ちは山々でしたし、こんな格好で任務に行くのなんて恥ずかしくて嫌でした!…でも…私のそんなわがままで…任務を投げ出すことはできません…」