第5章 その姿は俺だけの前で【暖和】
2時の方向から猛スピードで近づいてくる愛する人の気配。
「っなんだ!?この気配」
鬼もその気配に気がついたのか、バッとそちらの方向へと顔を向けた。
「残念ね。あなたもこれで終わり」
その言葉に腹を立てた鬼が、再び4人の隊士の前に立つ私の方に顔を向けた。
「なんだとぉ!このアマァ…っ…!?」
全て言い終わる前に、鬼の頸がゴトリと地面へ落ちる。
「俺の愛しい人に、汚い言葉を向けないでもらいたい」
「「「「炎柱!」」」」
到着するや否や鬼の頸を見事に切り落とした杏寿郎さんの素晴らしい剣さばきに、私の目は、心はあっという間に奪われてしまう。
剣を鞘に収めた杏寿郎さんは鬼の姿が消滅し出したのを確認すると、私の方に向き直り
「遅くなって…すま…ない…」
と段々と言葉を尻すぼみに発しながら、目を見開きこちらを見ていた。
杏寿郎さんどうかしたのかな?
来る途中何処か怪我でも負ったのだろうか?けれども杏寿郎さんに限ってそんなことあるんだろうか?と首を傾げる私に向かい、杏寿郎さんは少しも視線を逸らさないままズンズンと向かってくる。
そのまま私の前まで来ると、ガシッと私の両肩を強く掴み
「何だその格好は!?」
「っ!?」
と、耳がキーンとなるほどの大声で言った。
私はあまりにも驚いて、何を言われているのかすぐに理解ができなかった。けれども杏寿郎さんの
"その格好"
と言う言葉を反芻し、自分が今普段とは違う隊服を身に纏っていることを思い出し、それと同時にカーッと頬に急激に熱が集まった。
「…っあの…これは…不可抗力で…」
短い裾を一生懸命伸ばしながら(そんな行動に意味がないことはもう十分に理解しているはずなのに)ぼそぼそと言う私の腰に、杏寿郎さんはその大事な炎柱の証であるはずの羽織を無言で巻きつけた。
「っ師範!だめです!そんな…大切な羽織をこんなことに使わないでください!」
慌てて杏寿郎さんの腕を掴み、その行動を止めようとした私を
「…こんなこと?」
「…っ!」
杏寿郎さんが目をスッと細めながらジッと見た。
あ、その目。素敵。大好き。違う違う!そんなこと考えてる場合じゃ無い。
「あの…だって…大事な炎柱の…証なのに…」
「俺にとっては、君の脚を他の男に見られないことも、この羽織と同じ位大事なことだ」
