第4章 騒音再び【音好きシリーズ】
私に合わせてかがめられた腰。頭に響くほど大きかったのが嘘のように抑えられた声。今、私が炎柱様を怖いと感じないのはこれが理由だった。
「…腰…辛くはないですか?」
不自然にかがめられた腰は、普通の人であったら辛い姿勢だろう。
「こんなものどうってことはない。これなら君は怖くないか?」
その聞き方も、ひどく優しいものだった。
「…怖く…ないです」
"なんて優しい人なんだろう"
大人の男性にそう思ったのは、これが初めてだった。
「それは良かった」
ニコリと微笑んだ炎柱様の優しい顔が、私の胸の奥の凝り固まってしまった何かをほんの少し揺り動かした気がした。
「っ私は…子どもではないんですよ…」
なのに捻くれ者の私の口からは、こんな言葉しか出て来てくれない。けれども、そんな私の可愛くない言葉にも関わらず
「わはは!それはすまない」
と言って炎柱様は笑っていた。
「街までは遠い。そろそろ行くとしよう」
そう言って羽織を翻し方向を変えた炎柱様にならい、私も目的の街がある方角へと身体の向きを変えた。
「はい」
走り出した炎柱様を、私は急ぎ追いかける。追いかけたその背中に、今まで感じたことがない感情が湧き上がり、私はその感情に大きな戸惑いを感じていた。
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「やはり君のその能力は極めて羨ましいものがある」
前回よりも手間取ったものの、鬼のねぐらを突き止めた炎柱様と私は怪我もなく無事に鬼の頸を切り落とすことに成功した。炎柱様は首を傾げながら
「確かに俺も不審な気配は感じた。だが君のそれとは違い、確証のない曖昧なものだった。これだけ巧妙に隠れていた鬼にどうやって気がついたんだ?」
と先程まで鬼がいた場所をじっと見ながら言った。
「私と炎柱様がこの部屋に入った時、微かに音がくぐもったように感じました。他の部屋に入った時はそんな変化はなかった。だからこの部屋がおかしいと言うことはすぐにわかりました」
「むぅ…俺はそんな変化、感じなかった」
「でも私は"おかしいと"気づけただけで、結局鬼を炙り出したのも、頸を切ったのも炎柱様だったじゃないですか」
「それはそうなのだが」
私のこの能力より、炎柱様の剣技の方がよっぽど素晴らしい。だってこの能力は、大嫌いな父親の機嫌をうかがうために自然と身についてしまったものだから。