第20章 神様の意地悪に抗う愛で【暖和if】
そうは思ったものの、あの時の出来事をそう簡単に忘れることが出来るはずもなく、杏寿郎さんが一歩、また一歩と近づいてくるのに伴って、私は後退りをしてしまう。
そんな私の様子に、
「…っ…頼むから…逃げないでくれ…」
杏寿郎さんが、ほんの少し声を震わせながらそう言った。
杏寿郎さんが泣いてる
そう思った私は、あの時の出来事を思い出してしまう恐怖なんか忘れ、気がつくと自ら杏寿郎さんに走り寄り、
ギュッ
と、その身体を強く強く抱きしめていた。
スッと杏寿郎さんの腕が動くのを感じ、
抱きしめ返してもらえる
そう思ったのに、その腕は力を失ったかのようにだらりと脱力し、期待する抱擁は与えてはもらえなかった。
ゆっくりと顔をあげ、杏寿郎さんの顔を見ると、悲しげな瞳と目が合う。
「……杏寿郎…さん…?」
私がその名を呼んだ直後、
ギュッ
「…っ…!」
待ち望んだ、苦しいくらいの抱擁が与えられ、そのあまりの強さに、私の息が詰まる。
ギューッ
と強く抱きしめられ、とても苦しいのに、その苦しみが堪らなく幸せだった。
しばらくされるがままにそうしていると、
「…許してくれ…」
私の肩に顔を埋めながら、杏寿郎さんが、とても小さな声で呟くように言った。
その、あまりにも悲しげな声に、あの光景を見て自分がどんなにショックだったとか、悲しくて眠れない日々を過ごしていたかとか、そんなことは一気にどうでも良くなってしまった。
私は杏寿郎さんの背中をなるべく優しく
ポンポン
と2度叩き、
「…腕を…離してください…」
そうお願いする。
すると、
ピクリ
と、杏寿郎さんの身体が小さく反応を示し、徐々にその腕の力が抜けていく。恐らく、私の言葉を"拒否"として捉えたのだろう。
腕が動かせるほどの強さまでそれが緩んだのを感じ、私は杏寿郎さんの背中に回していた手を、杏寿郎のこめかみの辺りに移し、
グイッ
と無理矢理杏寿郎さんの顔の角度を変た。そんな私の行動に驚き目を見開いている杏寿郎さんを無視し、一切の躊躇もなく
ちぅ
自らの唇を、杏寿郎さんのそれに押し付けた。