第20章 神様の意地悪に抗う愛で【暖和if】
ガラッ
この扉の感じも…一緒だ
数えきれないほど開けた道場の扉を開けると、眼前には懐かしい光景が広がっていた。
目を瞑り、スーッと深呼吸をし、
「…懐かしい…匂いがする…」
蘇ってくるのは
"柏木!"
師範と呼んでいた頃の、背中を押してくれるような明朗快活な声。
そして
"すずね"
恋仲になってからの甘く優しい声。
「…っ…」
そんな事を思い出していると、ぐっと目の奥が熱くなり始め
だめ…千寿郎さんもすぐに来るのに…泣いたりなんてしたら…また心配を…かけちゃう
そう思い、自分の気持ちを誤魔化そうと、何かないかと道場内を見渡した。
「…あ…」
ふと目に留まったのは、壁に掛けてある木刀だった。
吸い寄せられるようにそこへと自然と足が進んでいき、
"勝手に触ったら怒られてしまうかも"
と思いながらも、胸に湧いてきた懐かしいという感情に逆らうことができず、私はゆっくりとそれを手に取った。
今世では木刀はおろか、竹刀すら握ったことがない。それでも何故か、不思議とそれは手に馴染み、そのまま自然と構えを取ってしまう。
その時、
ガラッ
と道場の扉が開く音が聞こえ、
千寿郎さんが来たんだ
と、構えをときながら振り返る。
けれどもそこにいたのは、
「…っ…!」
千寿郎さんではなく
「…すずね…」
眉を下げ、酷く優しい瞳を私に向ける杏寿郎さんだった。
カラン
と音を立て、私の手から木刀が落ちた。
驚きと、戸惑いで何も言葉を発することができないまま、ただ呆然とその場に立ち尽くす事しかできずいる私に、
「…すずね…」
杏寿郎さんが、再度私の名を呼びながら徐々にこちらに近づいてくる。
その声、その瞳、その行動の全てが
私のこと…思い出してくれたの…?
そう考えてしまうには十分だった。