第20章 神様の意地悪に抗う愛で【暖和if】
もう、仕事も辞めて遠くに行ってしまおう。
気づくと私はそんなことを考えるようになっていた。生存確認をするかのように毎日送られてくる千寿郎さんからのメッセージに返事を送るのも、段々と気が重くなり、なんと返したらいいのかわからなくなっていく。
"俺が必ず、杏寿郎の目を覚まさせる"
槇寿郎様の言葉を信じて待と決めたものの、私の心はもう限界を迎えてしまう直前だった。
職場でも毎日、"顔色が悪い""何かあったのか"と心配されてしまい、このままではきっと迷惑を掛けることになる。いくら、杏寿郎さんのことで辛いからと言って、仕事に支障をきたしてしまうのは違う。
もう…実家に帰ろう。
社会人としての責任だとか、そんなことを考える余裕なんて、私にはもう残されていなかった。
引っ越し業者でも探そうと、スマートフォンを取り出したとき
ポロンポロンポロン
「…っ…千寿郎さん…」
まるでそんな私の行動を察知したかのようにタイミングよく、千寿郎さんからの着信が入った。
毎日メッセージのやり取りはしていたが、電話が掛かってきたのは今回がはじめてだった。その電話を、とろうかどうかとても迷った。けれども、つい先程、メッセージのやり取りをしたばかりなので、ここで無視すると言うのもおかしいような気がしてならない。
…お願い…諦めて。
そう思ったものの
ポロンポロンポロン
千寿郎さんからの着信は中々止んでくれない。
…出るしかないか。
そう結論づけ、画面に表示されている応答ボタンをタップした。
「…はい、もしもし」
そんなつもりはないのに、あからさまに暗い声が出ていまい、一瞬焦りのようなものを感じた。けれども、
"こんな時間にすみません。千寿郎です。すずねさん今お電話大丈夫ですか?"
電話の向こうから聞こえてきた千寿郎さんの声は、特段おかしいところはなく、ほっと一安心した。
「うん。大丈夫だよ。電話なんて初めてだね。…どうかした?」
"あの…実は、父上が見せたいものがあるらしくって…明日、家に来ては頂けないでしょうか?"
「…家…に?」
真っ先に浮かんできたのは、
行きたくない
そんな感情だった。