第20章 神様の意地悪に抗う愛で【暖和if】
「俺は…何故…もっと早く…知ろうとしなかったんだ…っ!」
握りしめているのは、随分と年季が入ってはいるものの、大切に扱われてきたことがよくわかる2本の組紐。
俺に、自分の部屋で待つようにと言った父上が持ってきたのが、この組紐だった。
それを見た瞬間、パラパラと頭の中に写真が何枚も落ちてくるかのように今まで朧気だった記憶たちが蘇ってきた。ぼんやりとしかわからなかった彼女の顔も、声も、全て
”杏寿郎さん”
俺はようやく思い出した。
約束したのに。
迎えに行くと誓ったのに。
どうして俺は…
俺だけが…
忘れてしまっていたんだ。
「…すずね」
ギュッと握りしめたこぶしから、ポタポタと血が流れていく感触がした。
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「随分としけた面してんじゃん」
授業の空き時間に、ジッとスマートフォンの画面を睨みつけていた俺に声をかけたのは、
「…宇髄か」
同じく空き時間で職員室にいた宇髄だ。
「なにがあったか、聞いてやらないこともないぜ?」
先日、あんなひどい態度を取ってしまったのに、この男はなんて懐の大きな人間なんだろうか。
更に、
「私も、よければお話聞きかせて下さい」
そう言いながら
コトリ
といつも俺が使っているマグカップにコーヒーをいれ、デスクに置いてくれたのは
「ありがとうございます…胡蝶先生」
隣の席の胡蝶先生だった。
「実は…」
「だから言っただろう。女はなぁ、お前が思っているほど純粋じゃねぇんだよ。俺やお前みたいにいい男にはな、いい女だけじゃなくて、変な女が寄ってくることもあんだよ。…ま、お前は前世でも、覚えてねぇ癖に今世でも、柏木一筋だったからな。気がつかなくても仕方ねぇと言えば仕方なねぇか」
宇髄はそういうど、椅子の背もたれに激しく寄りかかり、ギシギシとそれを鳴らす。