第20章 神様の意地悪に抗う愛で【暖和if】
その後、大した会話も交わさず、映画館についた。
「はい、これ」
「…すまない」
事前に買ってくれていたチケットを受け取り、
"15時15分より上映の【鰯のようなあなた】のチケットをお持ちのお客様。会場入口までお越しください"
そのアナウンス従い、中に入ると指定の席に座った。
まだ何も写し出されていない大きなスクリーンをぼんやりと見つめ、考えるのは先ほどの彼女の泣き顔。
ふと左手に、人の温もりを感じ、スクリーンからそちらへと視線を移すと、俺の手にしょうこさんの手が重ねられていた。
「…っ映画、楽しみだね。涙なしでは見られないラブストリーらしいよ」
そう言う彼女の表情は、明らかに無理をして作った笑顔で、先ほどの出来事を気にしているのは明白だった。
この女性は何故、こんな嘘をつき、俺を騙すようなことを言うのだろう。
自分の過ちから始まった事だと言ことは十分理解をしているものの、未だに嘘を貫こうとする彼女に、怒りにもにた感情がふつふつと湧き上がってくる。
これ以上耐えられそうにない
スッと手を払いのけ
「話がある」
俺が彼女の目を見ながら言うと、
「…わかった。でもチケット代も払ってるし…この映画が終わってからね」
俺から目を反らし、俯きながらそう言った。
「…あぁ。それで構わない」
今すぐと言いたいところではあったが、周りが暗くなり始め、映画の予告が始まってしまったため何とかその言葉を飲み込んだ。
それから本編が始まっても、物語の内容など頭に入ってくるはずもなく、考えるのは先ほど泣いていた彼女のことばかり。
あいつの名前は柏木すずねだ。宇髄が何度も教えてくれたその名前。
どうしても自分で思い出したいという意地から、彼女のことを教えると言ってくれた皆の意見をあまり聞こうとしなかった。
俺はなんて愚かなんだろう。
画面の中で泣き崩れる男の姿が、まるで自分の姿のように見えた。
クイっと服を引っ張られる感覚に我に返り、そのまま隣に視線をやると、
「…おトイレに行ってくるね」
と俺にだけに聞こえる声量でしょうこさんが言った。黙ってうなずく俺を確認すると、しょうこさんは席を立ち、周りの邪魔にならないよう屈みながら出て行った。
彼女はそのまま戻ってこなかった。