第20章 神様の意地悪に抗う愛で【暖和if】
「柏木さんは、それを千寿郎様にお渡しするようにと…私にそれを託してくれました」
「…そうですか」
千寿郎はそう言うと、浅野さんに向かい
「ありがとうございます…っ」
涙を堪え、短刀を胸に抱きながら礼を述べた。
「とんでもございません」
浅野と名乗る隠は、次に俺の方にその体の向きを変えた。
「煉獄様…槇寿郎様には…」
すずねは一体自分にどんな言葉を残したのか。考えると、胸が太い紐か何かで、グッと締め付けられているような気がした。
「"玖ノ型撃てましたよ"と…そう伝えて欲しいと」
「…そうか」
たったの一言。はたから聞けば最後に伝える言葉がそれか?と思われてしまうかもしれない。だか、何度も心折れそうになりながら、それでも諦めることなく稽古を続けてきたすずねにとって、そしてその姿をそばで見てきた俺にとっては、大きな意味を持つ言葉だった。
「浅野さん」
「…はい」
「君も、心の整理が着いていない中、千寿郎や俺のため…ひいては杏寿郎とすずねの為に、こんなところまで来てくれてありがとう」
「…っそんな…私は…」
そう感謝を述べると、浅野さんの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「…すずねは、杏寿郎と同じ墓に入れてやるつもりだ。墓の場所を後で教える。落ち着いたら、また会いに行ってやってはもらえないか?」
そう尋ねると、
「…はい…必ず…必ず…沢山の花を持って…伺います…っ!」
浅野さんは何度も頷き、ボロボロと涙をこぼしながらもそう答えてくれた。
浅野さんを見送り、部屋には再び俺と千寿郎、そしてすずねの3人となった。
「…兄上は、すずねさんをきちんと迎えにきてくれたのでしょうか…」
すずねの隣に再び腰掛けた千寿郎は、すずねの穏やかな眠り顔を見つめながらボソリと言った。
「そうでなくては困る。もし、万が一迎えを忘れているようなことがあれば…俺たち2人で尻でも引っ叩いてやろう」
「…そうですね」
"杏寿郎さんのお尻を叩かないでください"
すずねのそんな声が聞こえてきた気がした。
それがあの時代でのすずねと千寿郎、そして俺との別れだった。