第20章 神様の意地悪に抗う愛で【暖和if】
千寿郎さんは左右に視線を泳がせた後、じっと私の目をまっすぐ見据えた。
「…兄上には、前世の記憶が曖昧な部分がありました」
「…曖昧って…どういうことなの?」
「兄上は、前世で婚姻を結ぶことが叶わず、1人にしてしまった恋人であり婚約者…つまりすずねさんのことなんですけど、…そんな女性がいて、生まれ変わったら必ず今度は幸せにすると約束したと言うことは覚えていたん…です」
告げられたその事実に、
ズン
と心が鉛のように重くなった気がした。
「…なに…それ…?じゃあ…杏寿郎さんは…約束した事は…覚えていたのに…私のことは…覚えて…いなかった…の…?」
「…僕にも…細かいことはよくわからないんです!…でも、兄上がたまに言っていたのは…その心の暖かさは確かに覚えていると!…朧げながらその姿も、夢に見ることがあって…最近は…その夢を見る頻度が増えて…もしかしたらもうすぐ会えるかもしれないと…そう言っていたんです…」
千寿郎さんの言葉は段々と尻すぼみになって行き、きっとそれは自分の告げる事実が、私を苦しめることを憂いての事なんだろう。
「…それじゃあ…どうして…あの女の人と…っ!あの人は…っ…一体…なんなの…っ…」
私はそう言いながらも、なんとなく自分の中で一つの結論に辿り着いてしまった。
千寿郎さんは私の肩からその手を離し、再び私の隣に、先程と同じくらいの距離を保ちながら座る。
「実は僕、今日…恋人に会うと言って家を出た兄上の後を…こっそりつけてきたんです」
「…っえ?つけるって…尾行してたってこと?」
「はい」
千寿郎さんのあまりに意外なその告白に、私は目を見開きポカンとしてしまう。
「あまり近づきすぎるとバレてしまいますので、バレない距離を保ちながらなんとか駅までは着いてきたんです。でも、見失ってしまって…兄上を探している時に見つけたのが…あそこで泣いてるすずねさんでした」
千寿郎さんは、そう言いながら脚の上に置いていた手をギュッと握りしめ、ズボンに大きな皺を作った。