第17章 お金が欲しかっただけなのに気がついたら君主の寵愛を受けていた
え?なになに!?
目をギラギラさせ、こちらに接近して来る杏寿郎様の勢いに恐怖感を覚え、持っていたポットを慌ててテーブルに置き、思わず後退りをする。けれども後退りをし、距離を取ろうとしているのにも関わらず、その距離は広がるどころか、どんどん詰められていき、
「…っ!?」
私は気づくと壁際まで追い詰められていた。
トンと背中に当たった壁にほんの少し視線を送っている間に
バンッ!
目の前には杏寿郎様の彫刻のように整ったお顔と、
「…ひぃ!」
私の身を壁に手をと突いて追い詰める、杏寿郎様の屈強な両腕が突如として現れる。
侍女として…杏寿郎様のお身体に…淫りに触れるわけにはいかない!
そう思い、私の身体はピシッと石のように固まる。
「気に食わないな」
杏寿郎様は、私の目をじーっと睨みつけるように覗き込み、先程と同じ台詞を吐く。
「き…気に食わないって…何がです?…というか…些か距離が…近すぎるかと」
「お前は一度でも、俺にそんな顔を見せたことがあったか?」
「…そんな顔とはどんな顔でございましょう?」
問われている意味がいまいち理解できず、素直にそう聞き返す私を、杏寿郎様は眉間に深い皺を寄せながら、先程よりも目を細め、更にじーっと睨む。
「その婚約者とやらに「元婚約者でございます」…うるさいやつだ。その元婚約者とやらの事を話す時の、そのお前の"女"の顔が気に食わない」
「…そう…言われましても…」
「俺には一度たりともそんな顔を見せたことはないだろう!」
「………はい?」
俺には一度たりともそんな顔を
見せたことはないだろう?
私には、頭の中でいくら反芻しても、杏寿郎様が何を意図してそんな事を言っているのか理解ができなかった。
「申し訳ありません…私には…おっしゃっている意味が…わかりかねるのですか…」
相変わらず身動きが取れぬまま、そう問う私に
「お前は"俺の"侍女だ。俺以外にそんな顔見せるのは…気に入らない」
杏寿郎様はお互いの鼻と鼻がくっついてしまいそうな程顔を近づけ、私の耳の奥に低く、甘く響かせるようにそう言った。