第17章 お金が欲しかっただけなのに気がついたら君主の寵愛を受けていた
「…戻ってくるのは明日ではなかったのか?」
そう言いながら杏寿郎様は眉間に皺を寄せ、いそいそと部屋の掃除をする私をジッと見てくる。
「気が変わったんです。やはり杏寿郎様の侍女として、2日間も仕事を放棄するべきではないと」
そんなのは嘘だ。気を紛らせていないと心が潰れてしまいそうだった。家にいると、気が緩んで泣き出してしまいそうだった。だから、一刻も早くここに戻って、"仕事"という環境に身を置きたかった。今だって、仕事の仮面を被り、普通のフリをしているが、本当は泣きたくて堪らなかった。
「口うるさい女が予想より早く帰ってきてガッカリしましたか?」
そんな風に杏寿郎様に軽口を叩くことで、自分の気持ちを保とうとしていた。
「すずね」
「…?なにかご用でしょうか?」
普段あまり私の名を呼ばない杏寿郎様に名を呼ばれ、私はクルリと杏寿郎様の方を振り向く。
「何かあったか?」
思わぬ杏寿郎様からの問いに、手に持っていたハタキが
コトッ
と音を立てて床に落ちる。
「…っ失礼しました!…何もないですよ?」
杏寿郎様からの思いがけない問いに、私の胸はドクドクと大きく波打っていたが、今は杏寿郎様の侍女として仕事をしている時間だ。そんなことを問われてしまうこと自体あってはならない。
「それは嘘だな」
けれども杏寿郎様は、引き下がる様子はない。
「俺がお前の様子がおかしいことに気が付かないほど、鈍い男に見えるか?」
寝台に横たわりながら私をじっと睨むように見る杏寿郎様に、
「…残念ですが、見えませんね」
曖昧な笑みを浮かべ、私はそう答える。
「何があったか聞いてやらなくもない。話せ」
それってもう命令じゃん。
そう思いながらも、私を気遣ってそう言っていることはわかったので、
「長くなりますよ?」
「今日は珍しく時間がある。暇つぶしに聞くとしよう」
「…お茶、淹れますね」
私は昨日の、あの悪夢のような出来事を、杏寿郎様に打ち明けた。