第3章 週末はあなたと2人で【暖和】※裏表現有
コンロの火を弱火にし、玄関へと走る。リビングのドアを開けるとカチャリと鍵が回されているところだった。パタパタとスリッパの音を立てながら玄関にたどり着くと
ガチャっ
と音を立てて玄関が開かれ、入ってきたのは
「おかえりなさい」
1日仕事をしてきたとは思えないほど爽やかで、いっさいの疲れを感じさせない杏寿郎さんだ。杏寿郎さんは私と目が合うと
「ただいま戻った」
いつもより抑え気味の声で、そう言い微笑んだ。私は、煉獄家で聞く大きくて家のどこにいても聞こえるような"ただいま戻りました"よりも、ここで聞く、私の為だけに言われる"ただいま戻った"が堪らなく好きだ。
杏寿郎さんが靴を脱ぎ終えるのを待ち、それが終わるとすぐにその逞しい身体にギュッと抱きつく。そしてバレないようにこっそりと、スンスン杏寿郎さんの匂いを嗅いだ。柔軟剤にほんのりと混じる汗の香り。この匂いを嗅ぐのも好きだ。毎週金曜日に訪れる、私にとってのご褒美タイムである。
この匂い…どうしてこんなにも心が安らぐのかな。匂い袋とかにして毎日持ち歩きたいくらい。
こんな私の思いをしのぶさん辺りに知られたら、きっと心底呆れた顔を向けられてしまうに違いない。
「夕飯の良い匂いがする」
「本当ですか?今日のお夕飯はミートソーススパゲティです」
「それは本当か!?実は先程街で新発売のミートソースのCMが流れていてだな、物凄く食べたいと思っていた所だ!」
杏寿郎さんから腕を離し、クルリと身を翻し2人並んでそんなに距離のない廊下を歩く。
「それはなんとも…ハードルが上がっていそうで怖いですね」
ミートソースは作り慣れているし、割と毎回美味しくできていると思う。それでも、CMで宣伝されているような、煌びやかな製品と比べられてしまうとなんとも自信が持てない。
「何を言っている。すずねの作るミートソースはいつも絶品だ!2束食べたいのだが大丈夫だろうか?」
「はい。ソースは多めに作りましたので大丈夫です」
「そうか!それは楽しみだ!」
「パスタを茹でればもう完成なので着替えて待っていてください」
「うむ!」
杏寿郎さんは洗面所へ、私は台所へと向かう。鍋を取り出したっぷりの水を入れ火にかける。沸騰してきたタイミングで塩を入れ、パスタを3束掴みぱっと手を離すと花が咲くようにパスタが広がった。