第13章 世界で1番耳心地のいい音【音好きシリーズ】
蝶屋敷を出て(どちらかといえば追い出されたと言った方が正しい)、私は何処かへと向かう杏寿郎さんに手を引かれ歩いていた。
ここはまだ蝶屋敷からも近く、誰に見られるかもわからないから手を離してほしいとお願いしたが
"また何処かへ行ってしまっては困る"
と、そう言われてしまえば私がそれ以上何かを言えるはずもなかった。
一体どこに向かってるんだろう
そう思いながら正面を向いたとき、
「…っ!」
あの日、私に物申した3人組の姿が目に飛び込んでくる。
私は思わず、杏寿郎さんの手を振り解こうと、右手を大きく動かす。けれども、その手は全く離れてくれる様子はなく、私は早くなんとかしなくてはと焦っていた。そんな私に、
「大丈夫だ」
杏寿郎さんは足を止め、私の右耳へと顔を寄せながら優しい声色でそう言った。
"大丈夫だ"
私の鼓膜を揺らす杏寿郎さんの声が、私の心を酷く安心させす。
大丈夫。
気にしない。
私が信じるべきは
杏寿郎さんの気持ち。
そして自分の気持ち。
そう思いながらすっかり地面へと向いていた目線を上げると、踵を返し去っていく3人の様子が見えた。
…よかった。
ホッと息を吐いている私の顔を覗き込み
「俺の稽古は厳しいからな。邪な気持ちで続くわけがない」
杏寿郎さんのその言葉から、あの3人がもう杏寿郎さんの稽古を受けていないことが伺えた。稽古に参加しなくなった後ろめたさか、杏寿郎さんと共にいる私の姿を見て不味いと思ったのか、どちらかはわからないが、とにかく彼女たちと関わらなくて済んだことに私はホッと安心した。
「最初はたくさんの隊士が俺に稽古をつけてほしいと来ていたのだがな。知らぬ間に数人に減ってしまった。困ったものだ!」
わはは!
そう言って笑っている杏寿郎さんは、残念ながらちっとも困っているようには見えず、私は思わず苦笑いをしてしまう。
「…継子候補が逃げ出してしまうほどですからね。もう少し、それぞれの隊士の実力に合わせてあげたらどうです?…それで、今はどこに向かっているんですか?」
杏寿郎さんの顔をみあげながら私がそう問うと、
「俺が今、隊士の訓練場としてお館様よりお借りしている家だ」
杏寿郎さんはそう答えた。