第13章 世界で1番耳心地のいい音【音好きシリーズ】
「大丈「失礼する!すずねの耳はどうだろうか!?」…」
やっぱり、来るよね。
言い終わる前に突如として診察室の扉が開き、話題に上がっていた当の本人、杏寿郎さんが現れ、ずかずかと診察室に入ってくる。その行動に呆れながらも、同じくらい嬉しくも思えた。
「煉獄さん。ここは診察室です。不用意に扉を開けるのも、大声を出すのも控えて下さい」
胡蝶様の口調はとても穏やかではあったが、米神はピクピクと痙攣しており怒っている様子が見てとれる。
「すまない。次回から気をつけよう。して、彼女の耳は如何だろうか?」
「まったく。悪いと思うのであればもっとそれらしい態度を取ってください。診察はこれからです。少し静かにしていて下さい」
「あいわかった!」
その大声に"わかってないじゃないか"と思ったのは、きっと私だけではない。
「はい。終わりました。端的に言えば特段変化はありませんね。悪くもなっていなければ、よくもなっていないと言うところです」
「…そうですよね」
自分でもそんな気はしていた。全く聞こえていないわけではないが、左耳だけで何かを聞こうとすると、何を言われているのかどうしても聞き取れないことも多く、到底良くなっているとは思えない。
「柏木さんは元々耳のいいお方です。おそらく右耳が自然と、左耳を補うように働いてくれているはず。ですから、以前もお伝えした通り私生活には何の支障をきたすことはないでしょう。治療もいりません。後は今後どうしたいか、自分自身、あるいは煉獄さんと話し合って決めてください」
「…わかりました」
この耳でも、出来ることはきっとあるはず。
それをゆっくり見つけよう。
そう1人思っていると、
「その件については心配いらない!すずねの今後についてはもう決めている」
「…はい?」
杏寿郎さんがさも当然のようにそう言うので、私の口からは素っ頓狂な声が出てしまった。
「あら?そうなんですか?それでは心配ありませんね」
手を合わせそうニッコリと答える胡蝶様だが、私としては杏寿郎さんから何も聞いていないし心配だらけである。
チラリと右斜め後ろにいる杏寿郎さんの顔を振り返っても、ニコニコとしているだけで何も教えてくれそうにない。
…後で聞くしかないか。
そう結論づけ、私は再び正面へと顔の向きを戻した。