第12章 愛おしい音に包まれて【音好きシリーズ】※裏表現有
「謝ることなんてないんだよ。あんたが来てくれたおかげで、予定よりも長く店を続けることができたんだ。…ありがとう」
私はちゃぶ台の下で両手に拳を作りギュッと硬く握りしめる。
「…お店…閉めちゃうんですか?」
「あぁ。もう私もばばぁだからね!これからはお父さんとゆっくり過ごすことにするよ」
奥さんは、私が罪悪感を感じないよう気を遣ってくれているのか、努めて明るい声でそう言った。その気遣いに、私の目にはじわりと涙が浮かんでくる。
「ご主人は病を患っているのか?もう回復する見込みはないのだろうか?」
今まで私と奥さんのやりとりを静観していた杏寿郎さんは、ご主人が休んでいるという部屋の方向を見ながらそう言った。実は私も、ご主人の姿はほとんど見たことがなく、何故、そして何処が悪いのかを知らぬまま同じ屋根の下で暮らしていた。それが、私の事情を聞かずにいてくれた奥さんに出来る、私の配慮だと思った。
「…実はねぇ…私にもよくわかんないんだよ」
奥さんはそう言いながら顔を歪める。
「…わかないん…ですか?」
「あぁ。あんたが来る1週間くらい前かな…山で、熊か…なんかに…襲われたみたいでさ。利き腕を…怪我しちまったんだよ」
その歯切れの悪い奥さんの話し方がやけに引っかかった。
「…熊かなんかって…違う可能性もあるんですか?」
私のその問いに、奥さんの顔は更に歪みを増す。
「俺たちに話して欲しい。何か役に立てるやもしれん」
私と杏寿郎さんはきっと同じことを考えているに違いない。
「…あの人…"鬼に襲われた"だなんて言うんだよ。…腕の傷も、そいつの爪にやられたって。…きっと襲われたショックで…気が触れちまったんだ…」
視線を下げ、目に涙を浮かべながらそう話す奥さんの様子に、私と杏寿郎さんは目を合わせ頷き合った。
「奥さん。大丈夫。ご主人は治ります」
奥さんは私の言葉にパッと顔を上げ、ひどく驚いた表情を見せた。
「ご主人が言っている"鬼"を俺たちは嫌と言うほどよく知っている。ご主人は気が触れたりなどしていない」
「…本当かい…?」
「はい。ここにいる杏寿郎さんは…、そして今はもう辞めてしまいましたが私も、人を苦しめる鬼を狩る仕事をしていました」
「…鬼を…狩る?鬼は…本当にいるのかい…?」
奥さんは口を手で覆い、目を見開いていた。