第12章 愛おしい音に包まれて【音好きシリーズ】※裏表現有
そうして抱き合った後、
「そろそろ出るとしよう。あの女性も、恐らく君のことを心配している」
杏寿郎さんはそう言いながら私の身体を静かにその身から離した。
とうとうこの時が来てしまった。
ことの最中、私は終始あられもない声をあげ続けていた。あの声がこの部屋から漏れていないとは到底思えず、どんな顔をして下の階に行けば良いのかわからない。いや、顔なんて見られたら羞恥で倒れてしまう。
「…私…声…すごかったですよ…ね…?」
「そうだな!」
間髪入れないその杏寿郎さんの答えに、
「…ですよね」
と情けない声が出る。
「だが心配ない」
杏寿郎さんのその言葉に、私はパッと顔を上げその顔を見る。
「心配ないって…どうしてです?」
「こんなこともあろうかと、店主には人払いを頼んである。金を多めに渡し、出来れば店主も含め、従業員も外してもらえるよう頼んだ。だから君の大きな喘ぎ声を聞いたのは俺だけのはずだ」
「…そうなん…ですか?」
突っ込みたい点はいくつかある。
いつそんなことを頼んだのか。
一体いくら渡したのか。
誰のせいだ大きな喘ぎ声が出たと思っているのか。
けれども杏寿郎さんの機転のおかげで、杏寿郎さん以外には絶対に聞かれたくない私のあられもない声を聞かれることを避けることができたのだ。そこは目を瞑ろう。
「…ありがとう…ございます…?」
末尾に疑問符がついてしまったことは許して欲しい。
「ここを出る前に最後の確認をしよう。店は辞めて、俺と共に帰る。その認識で間違いないな?」
「…はい。奥さんには自分できちんと辞めさせて欲しいとお願いします。ただ…お店を辞めて杏寿郎さんと共に帰るのは…奥さんのご主人の調子がもう少し良くなってからにしたいんです」
「彼女のご主人は病気なのか?」
「なんの病気かは聞いていないのですが、ずっと体調を崩して部屋に篭っていると聞いています。奥さん一人だとお店を続けるのが難しくて…助けてもらったのに、見捨てて帰ることは出来ません」
まだ働き出してたったの1ヶ月程度だが、奥さんは本当に私に良くしてくれたし、本当の家族のように…いいや、本当の家族以上に私を可愛がってくれていた。
「そうか。わかった。それを含め、俺も君と共に彼女と話をしよう」
「はい!」
そうして、私と杏寿郎さんは蕎麦屋を後にした。