第12章 愛おしい音に包まれて【音好きシリーズ】※裏表現有
「…やっぱり…知っていたんですね…」
杏寿郎さんは行為の最中、ずっと私の右耳に囁きかけていた。そして左耳に顔を寄せた際は、囁きはしないものの、酷く優しい手つきで触れ、そしてより濃厚な愛撫をしていた。その行動から、なんとなく私の左耳がほとんど聞こえなくなってしまった事を知っているんだろうなとは思っていた。
「あぁ。全て知っている。君が今までと同じようにその耳を頼りに戦うことが出来なくなるだろうということも」
そう言いながら杏寿郎さんは、一旦その腕を私から離し起き上がる。それから私の身体も抱き起こし、再びその腕にギュッと私を抱いた。
「だがそれがどうした。左耳がほとんど聞こえなくとも、今までと同じように戦えなくとも、俺が君を、すずねを思う気持ちとはなんの関係もない」
杏寿郎さんの手が、私の左耳をとても愛おしげに撫でる。それがとても心地よかった。
それでも
「…私には…関係なくありません。…役に立てない私に…戦えなくなってしまった私に…価値は…あるの…?…好きでいる…意味は…あるの…?」
耳がいいのだけが取り柄だったのに。
"なんの利用価値もないただの穀潰しの癖に"
"早くいなくなってくれればいいものを"
父の口から発せられたその言葉を聞いてから、何年も経っているというのに、思い出すと胸が潰れてしまいそうになる。
私はずっと、その言葉に囚われていた。
ボロボロと涙はとめどなく溢れ、ダメだとわかっているのに、私は両腕を杏寿郎さんの広い背中に回し、まだ着崩れている状態の着流をギュッと掴んでしまう。
「…うむ」
杏寿郎さんは静かにそう言うと、
「やはり俺には君の言っていることがよくわからない。だが俺は君のことを好いている。恋人として側にいてほしい。役に立ってほしいなどとは少しも思わない。ただ共に食事をとり、つまらない話をし、隣にいてくれさえすればそれでいい」
私の背中を、その大きく温かい手でゆっくりと撫でる。
「君は、片目を失い、柱として戦えなくなった俺を価値のない、いる意味のない人間だと思うか?」
私は思わずその言葉にバッと顔を上げ
「…っそんなこと思うわけないじゃない!」
半ば怒鳴るように言ってしまう。
杏寿郎さんは私のその言葉に
「そうだろう?君も同じだ」
優しく微笑みそう言った。