第11章 もう聞こえない【音好きシリーズ】
「すずねちゃん、悪いんだけど2、3日でいいから店に立ってもらえないかねぇ?」
「…お店に…ですか?」
思わず歯切れの悪い返事になってしまったのは、表に立つことで万が一にでも鬼殺隊士に会うことを避けたかったからだ。それでも、突然現れたこんな私を雇ってくれた奥さんのお願いを聞いてあげたい気持ちはある。
「私…耳がこんなのなので、お客さんに失礼があったら…お店に迷惑を…」
「大丈夫!ここに来るのは常連ばっかりですずねちゃんの事情はみんなわかってるし!そもそも私にはあんたの左耳がほとんど聞こえてないなんて信じられないくらいなんだから!いっつも給仕をしてくれてるあの子なんだけど、急に田舎に帰る用事ができて2、3日出てこれないんだよ。だからさ、無理を言ってることは十分わかってる!でもなんとかお願いだよ!」
そう言って奥さんは私の両手をその手で掴み、じーっと私の目を見つめてくる。お世話になっている奥さんにそんな風に頼まれてしまえば、断れるはずもなく
「…わかりました。私でよければ、頑張らせてもらいます」
そう言って奥さんに笑いかけると
「本当かい!?恩にきるよぉ」
奥さんは私にギュッと抱きついた。
「あ、でもいつも通り仕込みもお願いしたいんだけど…大丈夫かい?」
「はい。もちろん任せてください」
「本当に頼りになるねぇ。あの人が良くなってもずっとここにいてもらいたいくらいだよ…」
そう言った奥さんの顔は、本当にそう思ってくれていることがよくわかって、
「…ありがとう…ございます」
こんなどうしようもない私でも必要とされることが嬉しくて堪らなかった。