第11章 もう聞こえない【音好きシリーズ】
「…っ…」
けれどもどうしても長年共に戦ってきた日輪刀を手放す事は考えられなくて
ごめんなさい
心の中で、誰にでもなく謝罪を述べながら慌てて部屋の中に戻り、日輪刀を手にし、再び扉を閉めた。
心残りがもう一つ。
"すずね"
せめて最後に一声でいい。杏寿郎さんのあの愛おしくて堪らない声が聞きたかった。
そのまま当てもなく走り続け、山を越え、たどり着いたのがこの街だった。
これから…どうしよう。
全速力で走り続けた疲労と、よく考えもせず感情のまま鬼殺隊を除隊し長屋を出てしまった私には、働き先はおろか、住む場所すらもない。そももそもここがどこにある街かもよくわかっていない。
とりあえず甘いものでも食べながら考えよう。
そう思い、視界に入ってきた甘味屋の扉をくぐった。
「いらっしゃいませ。お好きなお席にどうぞ」
その言葉に従い、隅にある2人掛けの席に腰掛け、メニューに目を通す。
「すみません。餡子のお団子3つお願いします」
「はぁい。お待ちください」
店内はお昼過ぎという事もあり、私以外のお客さんはいなかった。店内を見回していると、ふと視界に入る
"従業員募集!力のある人求む!※住み込み可"
と書いてある張り紙。
「…っあの!すみません!」
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逃げるように鬼殺隊を辞めてから1ヶ月程が経過していた。
私はすっかり鬼殺隊士柏木すずねから、甘味屋の従業員柏木すずねへと姿を変えた。それでも
天元さん
雛鶴さん
マキオさん
須磨さん
善逸
みんなのことを思い出さない日は一度もない。
会いたい。でもあんな去り方をして、誰も私を許してくれるはずがない。私自身も、そんな自分が許せない。
…杏寿郎さん
その声に、瞳に、温もりに心焦がれない日はない。
「…会いたい」
そんなの、許されるはずないけど。