第2章 虎のような私の英雄✳︎煉獄さん
「助けていたただきありがとうございます。本当に何度お礼を言っても足りません」
「いや。もっと早く気づいてやれればよかったのだが、俺の場所からだとちょうど君の姿が見えなくてな。俺の正面に座っていたご婦人がチラチラと心配気にそちらを見ていたから何とか気づく事ができた。そうだ!怖くて声が出せないのであればこれからはブザーを持ち歩くと良い!」
そう言ってその男性は、鞄の中に手を突っ込むと袋に入ったピンクの丸っこいキーホルダーを取り出し私へと差し出した。急なその男性の行動に固まっていると、男性は私の左手をその左手で掴み、そのピンクのキーホルダーのようなものを持たせた。
「…あの…これは?」
「防犯ブザーだ。今日の講習で5つほどサンプルをもらった。君にひとつあげよう」
その言葉に手に持たされたキーホルダーのようなものをじっと見ると確かに"防犯ブザー"の文字が書かれていた。
「おっと!もうこんな時間だ!俺はこれにて失礼する」
私のせいで相当余計な時間をとらせてしまったのだろう。男性は時計をチラリと見てそう言うと、クルリと身体の向きを変え早足でどこかに行ってしまった。
「あ!…お名前…だけでも……」
あっという間に人混みに紛れ見えなくなってしまった男性に、私のその言葉が届くことはなかった。
それから電車に乗った際、もう一度会いたいとあの虎のように勇敢で素敵な男性を探す日々が続いた。けれどもどんなに探しても、その姿を見つけることはできなかった。
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よし。ここの学校で最後だ。
中高一貫キメツ学園
同僚にこの名を聞いたとき、なんとも不思議な名前だなとずっと思っていた。
私は今日、ぎっくり腰で急遽お休みになってしまった同僚の為に、普段は来ないルートで納品に回っていた。だからこの学校に来たのは偶々で、同僚の腰が治ればここに来ることはもうない。守衛さんに案内され、大量のテキストを台車に乗せガラガラと職員室の前まで来ると、扉をノックしほんの少し開き声を掛けた。
「こんにちは。鰯出版です。ご注文いただいたテキストの納品にお伺いしました」
「はーい。今行きます」
鈴の音のような素敵な声が聞こえ、扉を開けて顔を出したのは見惚れてしまう程綺麗な女性の先生だった。