第11章 もう聞こえない【音好きシリーズ】
「君は、君自身はこれからどうなりたいんだ?」
杏寿郎さんは、私の顔を覗き込み、私の目をじっと見据えながらそう言った。
私がどうなりたいか。真っ先に浮かんできたのは
"杏寿郎さんと共に生きていたい"
それだった。けれどもそれを今ここで文字にして書くことはとても憚れて、後ろめたさから私は杏寿郎さんからスッと目を逸らす。
「大丈夫だ。だれも君を責めたりしない。思った通りのことを書けばそれでいい」
昔、桑島さんにも同じことを言われたことがある。
"すずね、お前は嫌なことは嫌とはっきり言えるくせに、自分からしたいと思うことを言わなすぎる。自分のしたいことを言ったからといって誰もお前を責めたりしなち。"したい"と思う気持ちをもっと大切にしろ"
あぁ。桑島さんに会いたい。あのダミ声で名前を呼んで欲しい。
「……はい…」
杏寿郎さんならきっとこんな私のしょうもない願いも受け止めてくれるような、そんな気がした。
私はわずかに手を震わせながら、先程頭に思い浮かべたその願望を文字にしていく。
「…そうか。俺も同じ気持ちだ」
そう言いながら杏寿郎さんは、私の左こめかみに優しく口付けを落とした。
こうして、赤の他人(こんな言い方をしたら杏寿郎さんは怒りそうだけど)自分がしたいと思うことを伝えたのはいつぶりだろうか。思い出すことすら出来ない。
「…笑い…ません?…嫌じゃ…ありません?」
「そんなことがあるはずないだろう?ならばすずねのこの願いを叶える為、俺と君、そして宇髄たちと力を合わせここに潜んでいる鬼を滅殺しよう」
杏寿郎さんはそう言って私の身体をキツく
ギュッっ
と抱きしめた。
「…はい…」
これから上弦の鬼との戦いが始まろうとしているのに、私の心は安心感と幸福感でいっぱいだった。
なのに私は今、
「すずねちゃん、次はお団子仕込んでおいてくれる?」
「はい」
杏寿郎さんにも天元さんにも善逸にも何も告げることなく
「力仕事ばっかり頼んでごめんねぇ」
住んでいた長屋から遠く遠い離れた街で
「いいえ。力は無駄にありますので。気にしないじゃんじゃん言いつけて下さい」
お団子を仕込んでいた。