第11章 もう聞こえない【音好きシリーズ】
「…俺も共に残るって…どういう事です?」
「そのまま言葉の通りだ。君がこの場に残って戦うと言うのであれば、俺も帰らずにここで君と共に戦おう」
「そんなの…ダメに決まってるでしょう!?杏寿郎さんはもう以前と同じように呼吸は使えないんですよ!?左目だって…見えないんですよ!?」
私は思わず身を乗り出し、自分の右手を杏寿郎さんの左頬へと添えながらじっと、今ではすっかりと見慣れてしまった隻眼を覗き込んだ。
「だがそれでも俺はすずねよりも強い。毎日後輩育成をしながらも自分の鍛錬を怠ったことは一度たりともない。君に心配される道理はない」
「…っそれは…そうですけど!…それでもダメです!杏寿郎さんを危険な目に合わせるわけには行きません!ご家族だって待っているはずでしょう!?お父様に、弟さんに…いらぬ心配をかけてはダメです!」
「父上にも弟の千寿郎にも、好いた女性のために戦いに出ると既に伝えた。止めてもどうせ聞かないのだから好きにするように言われている!なんの問題もあるまい!」
「…っでも…」
杏寿郎さんにもし何かあったら。あの時のように大怪我を負ってしまったら。そんなことは想像もしたくない。
尚も食い下がろうとする私の右手を杏寿郎さんはガシッと掴み、
「…っ!」
そのまま手を引っ張られたことで私は杏寿郎さんの胸へと飛び込む形になってしまう。咄嗟に手をついてしまった杏寿郎さんの胸板は、着流を着ていても十分に鍛え抜かれている事がわかり、この人を頼ってしまいたいと思う甘い自分がチラリと顔を覗かせてしまう。
「俺の身を案じてくれていることはもちろん承知している。だが、それは俺とて同じ。本来であればこんな場所に君を送ることも許可したくはなかった。だから俺の、君を案ずる気持ちも理解してはくれまいか?」
「…」
何も言うことができなかった。
私にとって何が1番大切なんだろうか。
それすらもわからなくなってしまい、私は杏寿郎さんの着流をギュッと強く握りしめる。
天元さんと雛鶴さん、マキオさん、須磨さんの幸せそうな姿をまた見たい。
あの互いを愛し合い、想い合う姿を見ているだけで私も幸せになれたから。
杏寿郎さんが傷つくところは見たくない。
杏寿郎さんが愛する、杏寿郎さんを愛する家族のもとに返してあげたいから。
そのどちらも"私"が主体ではない。