第11章 もう聞こえない【音好きシリーズ】
杏寿郎さんの要求を無視し、私は杏寿郎さんから少し距離を離した正面に正座をした。そして、真っ直ぐと杏寿郎さんを見つめ
「私は、絶対に帰りません」
と、そうはっきり告げる。
「そうか」
おそらく私がそう言う事を予想していたのだろう。杏寿郎さんはあまり驚いた様子を見せる事なく、けれども先程の優しい笑顔とは違い、真剣な表情で私をじっと見据える。
「だがこれは上官としての命令だ。従わなければ隊立違反として罰せられることもあり得る」
「ならばそれで構いません。減給でも、降格でも甘んじて受け入れます」
お金なんて、階級なんてどうだっていい。私はただ、互いを想い合うあの4人の姿を、私の心の氷を溶かすきっかけをくれたあの愛溢れる4人の時間を、取り戻せればそれでいい。
「杏寿郎さんが…炎柱様がどう言われても、私は私の意志を変えるつもりはありません」
杏寿郎さんは私の言葉に口を真一文字に閉じ、恋人としてではない、一鬼殺隊士柏木すずねの言葉を厳しい表情で聞いているようだった。
部屋には沈黙が流れ、聞こえてくるのは部屋の外から聞こえてくる楽しそうな話し声のみ。
お互いに目を逸らす事なくしばらく睨み合う事数十秒、
「…元より君ならそう言うと思っていた。わかった。君の意思を尊重しよう」
杏寿郎さんは表情を変えることなくそう言った。
「…っ本当ですか!?ありがとう「その代わり、俺も君と共に残る」……はえ?」
真剣な話をしているのにも関わらず驚きのあまり、私の口からはなんとも間抜けな声が出てしまい、
「わはは!なんとも気の抜けた返事だな!」
杏寿郎さんは、相当私の声が面白かったのか、先程までの緊迫した空気が一切なかったかのように楽しそうに笑っている。そんな様子に危うく釣られて笑いそうになるも、よくよく杏寿郎さんが言った言葉を思い出し、私は慌てて杏寿郎さんに先ほどの言葉の意味を問いただした。