第11章 もう聞こえない【音好きシリーズ】
日が沈む前に伊之助君が潜入している"荻本屋"で落ち合う事を約束した炭治郎君、伊之助君、そして私の3人は一旦別れ、それぞれ遊郭での仕事をこなしながらも迫り来る戦いの時のために準備をする事にしたのだった。
「…すみません…今日はなんだか…めまいがして…。上手く…お琴が弾けそうにありません…。お客様にも…大した御奉仕も出来そうにないので…申し訳ないんですが、今日は部屋で休ませてください…」
嘘だけど。
そう言って、さも具合が悪いんです…という顔で昨日同様私を呼びつけた女将さんにそうお願いした。にも関わらず、
「そうかぁい…でもねぇ、昨日のお客がまたあんたを買いたいって来てるんだよねぇ」
と抑えきれていない笑みをうっすらと浮かべ、算盤をパチパチとはじきながら女将さんは言う。
…杏寿郎さん、もう来てるの?昨日よりも早いじゃない。
昨日と同じくらいの時間に来ると踏んでいたが、私の予想は外れてしまい、想定していた通りに事が進まなくなってしまった。
「もちろんさ、断ったんだよ?でもねぇ…"昨日の倍出す"なんて言われたら…断れるはずないでしょう?」
女将さんは我慢するのを辞め、満面の笑みを私へと向ける。その笑みに若干の苛立ちを覚えたのは仕方のない事だと思う。
「同じ部屋にいるだけで、いいんだってさぁ。珍しい客だよねぇ?あんたの何処をそんなに気に入ってくれたのか私にはいまいちわからないけど…頼んだからね!」
「…わかりました」
わかりたくないけど。
窓の外に視線を投げ空の様子を伺ったが、太陽はまだ元気にその役割を果たしている。残念ながら日が落ちるまでにはまだまだ時間がありそうだ。上手く杏寿郎さんに会うのを避けようと思っていたが、私の思惑通りにことは進んでくれなかった。
上等な服に着替えさせられ、昨日…正確に言うと今朝まで杏寿郎さんと共に過ごしていた部屋に再び連れて行かれてしまった。
襖を開けた先にいたのはもちろん
「今日も今日とて美しいな」
ニコリと微笑み私を見つめる杏寿郎さん。
「…こんにちは」
杏寿郎さんが私を連れ帰る為にここに来たことは既にわかっていたので、なんだか棘のある挨拶になってしまう。
「ここに座るといい」
杏寿郎さんはそう言って、自身の隣をポンポンと叩いたが、私はどうしてもそんな気分にはなれない。