第11章 もう聞こえない【音好きシリーズ】
「嫌です。私は…雛鶴さん、マキオさん、須磨さんを置いて逃げることは出来ません。善逸も、私のたった1人の弟弟子です。見捨てることなんてしたくありません」
建物の屋根の上で行われている定期報告会で私と炭治郎君、そして伊之助君に背を向けながら天元さんが告げたのは、
"撤退しろ"
という命令だった。
そんな命令、納得がいくはずがない。
「本当に上弦が潜んでいるのであれば、いくら天元さんが柱だからって1人で戦えるとは思えません。炭治郎君と伊之助君はともかく、私は上弦と戦った経験もあるし、天元さんとの連携なら誰よりも上手く取れます。だからお願いです。帰れなんて言わないで。一緒に戦わせてください」
私の"炭治郎君と伊之助君はともかく"の言葉が癪に触ったのか、隣から伊之助君がその可愛らしい顔に似合わない野太い声で
「あぁん!?なんだとこの猫女!?」
と言い、今にも私に追突してきそうな勢いでこちらに向かってこようとしている。そんな伊之助君を
「落ち着いてくれ…っ伊之助!」
と言いながら炭治郎君が羽交締めにしていた。けれども、今の私はそんな事を気にしている場合ではない。
「だめだ。確かにお前となら連携は取りやすい。だが今お前に渡せるクナイも、爆弾も、薬もほとんど無い」
「…っそれは…そうですけど…」
あれらはいつも、3人が私の為にと作ってくれていたものだ。3人がこの場にいない今、それらの準備が出来るのは天元さんだけ。けれども生憎、天元さんに私に割くような時間は少しも無い。
天元さんは私の方に振り向き、いつもとは違う真剣な表情を浮かべると
「いいか。これは命令だ。上官の命令に背くことは許さない」
半ば私を睨みつけるようにそう言った。けれども、私がそんな事で怯むわけがない。
「こんな時だけ上官面しないで下さい!」
「煉獄にお前を迎えにくるよう言ってある。それまで大人しくしてろ」
「…っどうして…そんな勝手な事…」
天元さんは、私と同じように食い下がろうとする炭治郎君と伊之助君に、"機会を見誤るな"と再び撤退するように告げると、フッと砂埃だけを残しその場から姿を消した。
「…っ私…絶対に帰りませんから…っ!!!」
姿は消えたが、きっとまだ近くにいるであろう天元さんに向かい私はそう叫ぶことしかできなかった。