第10章 聞こえるのはあなたの音【音好きシリーズ】
「助けたお礼にと、よくわからないまま連れてこられたことはある。だがその時も話をしてすぐに引き上げたし、代金のみ払っただけだ。すずねの言う通り、俺も大人と言われる歳だ。それなりの知識は持ち合わせているし、扱いも心得ている。だがそれを実際に行動に移したのは、先日のすずねとのことが初めて。勘違いをしないで欲しい」
その表情と饒舌な様子から、明らかに機嫌を損なってしまったことがよくわかった。
「…っごめん…なさい!私…色々見て回っているうちに…急に不安になって…!この間の杏寿郎さんとのことも…凄く…手慣れているように見えたんです!だからてっきりこういう場所か…もしくは過去に恋仲になった人と経験が…あるのかと思って!」
縋るように杏寿郎さんを見る私は、普段の冷静と言われる私とは遠くかけ離れ、恋人に許しを乞うただの女に成り果てていた。
「…ごめんさい!…もう疑ったりしない!だから…嫌いに…ならないで…っ!」
そしてそれは、かつて父に縋りついていた母の姿と同じだ。
杏寿郎さんを…怒らせてしまった…。もう…恋仲で…いられなくなるかもしれない…。
そう思うと、目の奥からじんわりと涙が迫り上がってくる。
杏寿郎さんは私の目に段々と溜まっていく涙に気がつくと、目を見開き驚いた表情を見せる。けれども、その後すぐ、その目は優しく細められ、口角はいつもの通りクイッと上がる。
「すまない。言い方が少々意地悪すぎた。俺が君を嫌うわけがない。むしろ、すずねが俺の思っている以上に俺のことを好いてくれていることがわかり安心した」
"安心した"
杏寿郎さんのその言葉に、今度は私が驚き目を見開く。
「…杏寿郎さん…不安だったんですか?」
「そうだ!なにしろ、ようやく君を捕まえたと思ったのに、すぐこんな危ないところに入ってしまったからな!恋仲になったと実感する暇もない程に」
そう言うと杏寿郎さんは、私の頭に顎を擦り合わせた。
「…それは…ごめんなさい…。でも私、確かに杏寿郎さんのことが好きです。杏寿郎さん以外と恋仲になりたいとも、ましてや肌を重ねたいと思うことも絶対にありません」
私のこの気持ちが全部伝わればいいのに。
そう思いながら力の限り杏寿郎さんに抱きつき、
「好き、大好き!」
と何度も何度も言った。
