第10章 聞こえるのはあなたの音【音好きシリーズ】
「戻りました」
肩を落としながら部屋に戻ると、杏寿郎さんは私が出かけた時と同じ場所に座っていた。
「うむ!大事なさそうだな」
「はい。もしかして…あのままずっと寝ないで待っていたんですか?」
「もちろんだ。君からいつ連絡がくるかわからないだろう」
「もう!そんなのいいのに!」
プリプリと怒りながらも杏寿郎さんに近づき、
「まだお店を出なくちゃならない時間まで少しあります。せっかく敷いてあるんですから布団で休んでください」
と、腕を引っ張り布団で休むよう促した。杏寿郎さんは大人しく私に腕を引かれ布団へと腰掛ける。
「俺よりも君の方が疲れているだろう?一緒に休もう」
そう言って杏寿郎さんは自身の隣をぽんぽんと叩いた。
…任務中だけど…今日はもう動かない方がいいし…少しくらいはいいよね。
杏寿郎さんの言葉に従い、私もその隣へと腰掛け、身体をピッタリとくつけた。その私の行動が意外だったのか、杏寿郎さんは私の顔を覗きこみ
「どうした?」
と優しい声色で尋ねられる。
「特に、意味はありません。ただ…こうしてくっついていたいだけです」
情報収集をしている間に、色々な男女を見た。その中でふと気になったことがある。
杏寿郎さんも…普通にお客さんとして来たことがあったのかな。
そのときは情報収集中だしそんな事を考えている場合ではないと思い、その考えを一旦頭の奥底に沈めた。けれどもこうして、この部屋にいる杏寿郎さんの姿を目にしたとき、再びその考えが浮かび上がってきたのだ。
「…杏寿郎さん。聞いてもいいですか?」
「構わない。だがなんだ?」
「杏寿郎さんも…遊女を買ったことがあるんですか?」
こんなことを聞いたら嫌われてしまうかな。
そう思ったが、どうしても聞かずにはいられなかった。
杏寿郎さんは私のその問いに大きく目を見開いた。けれどもその後すぐ、目をスッと細め
「ひゃっ!」
隣に腰掛ける私を、その腕の力だけで持ち上げ、そのまま杏寿郎さんの正面へと移動させられてしまった。そしてさらに、私の顔にその端正な顔をグッと寄せ
「君には俺が女性を金で買うように見えるのか?」
と、若干の怒りを孕んだ声でそう問う。
まずい。怒らせてしまった。
「…見え…ませんけど…男の人はみんなこういうお店…好きでしょう?杏寿郎さんも精力旺盛な男性ですし…」
