第10章 聞こえるのはあなたの音【音好きシリーズ】
「たん…っ」
名前を呼んでいる途中でふと気がついた。
炭治郎君て呼んだら…不味いよね?
途中で名を呼ぶのをやめたが、私の声は届いていたようで炭治郎君が器用にクルリと私の方に振り向いた。
「すずねさん!」
私の姿を発見し、パッと笑顔を浮かべてくれた炭治郎君に走り寄る。そのまま炭治郎君の耳に口を寄せ
「なんて呼んだら良いの?」
とこっそり尋ねると
「炭子です!」
と屈託のない笑顔を向けられ、私はなんとも言えない気持ちになった。年頃の男の子に、こんな珍妙な女装をさせるなんて、天元さんはいったい何を考えているんだろうか。
「…うちの師範がごめんね」
そう謝る私に対し、
「…?どうしてすずねさんが謝るんですか?」
曇りを一切感じさせない瞳でそう言った炭治郎君は…いいや、炭子ちゃんはなんて良い子なんだろうか。
「ところで、炭子ちゃんの方は何か掴んだことある?」
「それがまだほとんど掴めてなくて…。すずねさんの方はどうですか?」
「私も同じ。須磨さんが足抜けしたって事以外は何も掴めなかったの」
「足抜け…鯉夏さんの所にいる女の子たちも同じことを言っていました」
「…そうだよね。でもね、ここまで何も掴めないってことは、この店に鬼は潜んでいないはず」
1人になった時、かなり集中して周辺を探ってみたりした。けれども、鬼の気配を感じることも、違和感のある音を拾うことも出来なかった。なので、まだ潜入して2日しか経っていないが、このときと屋に鬼がいないことは確かだ。
「俺も、匂いでなにか掴めれば良かったんですけど…店の中は色々な匂いがしてとても探りにくいんです」
「香やら食べ物やら色々使われてるもんね。私がもっと動ければよかったんだけど、思った以上に拘束される時間が長くて…」
私のお琴を女将が気に入ってくれたようで、他の子にも教えてあげて欲しいと頼まれてしまったのだ。もちろん、"忙しいので無理です"なんて言えるはずもなく、昼の空いている時間に調査を進めるはずが、ほとんど動けていないのが現状だ。
「これじゃあ何のために潜入しているのかわからないよ…」
些細なことでもいい。3人の情報が欲しい。
「…そんなに強く唇を噛むと、出血してしまいます」
知らぬ間に唇を強く噛んできたようで、炭子ちゃんが心配気に私の顔を覗き込んだ。