第32章 (私……私、とってない)
サイフ? 下駄箱? アンタガトッタンデショ……?
種橋の言葉がぐるぐる回ってる ……
(私……私、とってない)
あまりのショックに。怖さに 言葉が出なくて……
種橋が。 会社に連絡を入れるために携帯電話を取り出して……
「ありがとね」
それまで、一連の会話を聞いていたのか。聞いてなかったのか。糸さんが車椅子から立ち上がると。
遠出の時は、車椅子は使用するが。普段は杖を使えば、一人で歩ける糸さんが玄関先に置いてあった杖を取り、 自室に歩いて行って……
頭が真っ白だったマミは。
その時、糸さんが少年に何かを話しかけているのを、見ていなくて。
逃げだすなんて卑怯だって、思ったけれど。
(……たすけて……!)
気づいたら、マミは山際家から駆け出し、逃げ出していたのだった。