第6章 痕
「カカシには、見られたくなかった……」
小さな呟きは、胸を刺すくらい痛々しかった。
今まで胸を渦巻いていた黒い怒りみたいなものが一気に霧散する。
「っごめ……」
強く掴んでいた結の手首を離すと、はっきりとオレの指の跡がついてしまっていた。
オレは結の上からどくと、結の背に手を回し抱き起こす。
そして目元の涙を拭って、遠慮がちにそっと胸に抱き寄せた。
今度は結も拒否せず、オレの背中に手を回して抱きしめ返してくれた。
「結、ごめん……」
もう一度謝ると、結が首を左右に振り、強く抱きついてきた。
「なんか、なんかな。
どっかの国の大名の息子で、わたしが気に入ったとか言ってめちゃくちゃに抱かれて、3日間も離してくれん、くて……。
お客さんやから、無下にもできひんし……」
思い出したかのように結が微かに震える。
ああ、そうだ。
この子は遊女なのだ。
お化けの騒動や、オレが恋人になったことで寝屋での客は少ないが、仕事なのだ。
拒否権なんてあるはずもない……
自己中な嫉妬で結を傷つけた。
ただでさえ、ずっとオレには言えない何かで落ち込んでいたのに。
オレは体を少し離すと、結の長い真っ直ぐな髪を少し持ち上げ、首筋の赤い痕にそっと口付けた。
結が息を呑むのが伝わる。
「消毒。
他の痕にも、していい?」
結を見ると、涙の残った目でコクリと頷く。
「ここじゃ背中痛いから、布団行こ」
そう言ってすでに乱れていた着物を脱がせて襦袢一枚にすると、結を抱き上げ、布団の上に横たえさせた。
痕はいたるところに付けられていて、何度もしつこく抱いたことが窺える。
胸がチリチリ痛んだが、それより今は結の笑顔が見たかった。
少しでも笑ってほしかった。
柔らかな胸に、脇腹に、肩口に、優しく唇を落とす。
身じろぎひとつせず、じっとされるままになっていた結が、ふいに口を開いた。
「なんか、初めて抱いてくれた時みたい……」
「え?」
「わたしの胸の傷跡に優しくキスしてくれたやろ?
綺麗って言ってくれて嬉しかった」
結が潤んだ目で見つめて手を伸ばし、オレの頭を引き寄せ口付ける。