第1章 月下の出会い
「名前、なんて言うの?」
「……夕月(ゆうづき)」
わたしは妓楼での名前を口にする。
「夕月、か。
夕月はここの妓楼の子?」
「……そうやけど」
「じゃあ今夜、夕月の部屋に泊めてくれない?」
なぜかその言葉にひどく落胆してしまう。
わたしは出会ったばかりのこの男に、いったい何を期待していたのだろう。
1人になりたくてここに来た。
だけど、なぜかこの男が隣にいても嫌な気持ちにはならなかった。
それは、この男の持つ独特の柔らかな雰囲気のせいなのか、それとも妓女だからと下に見たような嫌な目つきや、態度が感じられないからかはわからなかった。
でも……、こいつも他の男と変わらない。
金で女の身体を買いにきたのだ。
「あ、ゴメン。
オレの説明不足」
わたしの態度で何か悟ったように、男は慌てて言葉を足す。
「実は今日、お偉いさんに無理矢理連れてこられて困ってんの。
どうも花街は苦手でね。
誰か買って泊まってけってうるさいから、朝まで匿ってほしいなって。
もちろん何もしないし、代金はキッチリ払う」
わたしは見定めるように男のグレーの瞳を見つめる。
そして、すぐにどっちでもいいやと思う。
ウソをつく男なんて5万と見てきた。
それにいちいち傷ついてたんじゃ、遊女なんてやってられない。
金が入るならどっちでもいい。
それが親父さまの助けになるなら。
わたしには親父さまに拾って育ててもらった恩がある。
それを返す。
それだけが今のわたしの生きる意味だった。
「付いてきて……」
わたしは男から目を逸らしスッと立ち上がると、自分の部屋の窓のほうへ向かって歩き始めた。