第4章 実力試験は実戦で
一人でこうやって悩んでいたとて、ない袖は触れない。正直に言わなければ己もしのぶさんも欺くことになる。
私はごくりと生唾を飲むと荷物から薬事書を取り出した。
「しのぶさん…私には母から受け継いだこの薬事書と幼い頃より仕込まれた薄〜い知識しかありません。ご期待に添えることができず申し訳ありません。恐らくしのぶさんの方が遥かに私より優秀でしょう…。」
座卓の上にその薬事書を置くと、彼女もそれに釘付けになる。これは門外不出の神楽家の薬のいろはが全て詰まっている大切なもの。
しかし、陰陽師としての歴史は古いが、薬師としては歴史などない。
ただ…母が異国出身の薬師の家系であったからそれをこの国に持ち込み、耀哉様に提案したのが始まりだろう。
それも母が亡くなってしまった今、私一人では持て余すというものだ。母は里の人々の治療を全て取り仕切っていたが、いま現在この薬事書を活用しているのは耀哉様への治療のみだ。
「…これは、拝見しても…?」
「もちろんです。どうぞ。」
本来であれば門外不出の薬事書ではあるが、母は誰かに教えてはいけないと言ったことはない。ただ隠れ里故に誰にも知られていなかっただけの話。
しのぶさんは頭を下げるとその薬事書を手に取りぱらぱらと捲り始めた。
幼い頃、字の読み書きの練習であの薬事書ばかりを見ており、一語一句暗記している内容のため本当であればあの書物はなくとも困らない。
集中して読み耽っているしのぶさんの邪魔をしないように出されたお茶と大福をもぐもぐと食べることで沈黙に耐えていたが、食べ終えてしまうと手持ち無沙汰になり、遠慮がちに声をかけてみた。
「…あの、しのぶさん…?」
「…え?ああ!すみません!とても目から鱗な調合ばかりでつい集中してしまいました。ごめんなさい。」
「え?!そ、そうなんですか?」
薬の調合などそう変わりはないと思っていたため、しのぶさんの目の輝きが変わらないことに少し嬉しかった。