第1章 はじまりは突然に
「お前、大丈夫か?」
物凄く大きくて、物凄く派手だけど、視線を合わせるように屈んで、物凄く優しい声色に何故だか鼻がツンとした。それと同時にまた急に気持ち悪さが込み上げて口元を押さえる。
「…き、もちわる…、」
「…は?!お、おい!ちょっと待て!俺様のところに吐くんじゃねぇ!」
彼の言い分は最もだ。
しかし、数秒と待っていられなかった私は屈んでくれていた彼の胸に胃からの逆流物を盛大にぶちまけてしまった。
出会って数秒の女に嘔吐物をかけられるこの人はさぞかし最悪な気分だろう。それなのに私の姿を周りに見えないように布で囲い、背中を撫でてくれた。
(…あったかい。)
その手の温かさに今度は涙が込み上げてきて、溢れるそれを止める術もなく静かに泣き続けた。
"吐くんじゃねぇ"って言った割には優しい彼の行動に感謝しかないが、顔を上げるタイミングもなければ、文字通り"合わせる顔がない"。
吐き気も治まり、涙も止まった頃合いでどうしたもんかと視線を彷徨わせると再び彼の声が降ってきた。
「…吐き切ったか。」
「うぇ、あ、は、はい!も、申し訳ありません…!!御召し物を弁償させてください…!」
幸いなのか不運なのか嘔吐物は彼の服に付いただけで地面には落ちていなかった。要するに全てこの人の胸で吐いてしまったということになり、私は血の気がひいた。
「まぁ、急に声をかけた俺も悪かったから気にするな。もう大丈夫か。」
「だ、駄目です!えと…あ、店の中にお財布があるのでお金を取ってきます!待っていてください!」
慌てて店内に戻りお財布を引っ掴み、彼の元へ向かうがそこには誰もおらず、行き交う人がチラホラといるだけ。
名前も聞けなかった…
通りすがりで蹲っていた私に声をかけるだけでも有難いのに、そんな彼に私は何ということをしてしまったのだ。
でも…
久しぶりに感じた温かさがとても心地良かった。