第1章 はじまりは突然に
時間にして数分間キョロキョロとあたりを見回して彼を探してみたが、その姿を見つけることはできず店内に戻ってきた。
外に出てはまた戻り…を二往復していた私を不思議そうに見る三人が目に入り、慌てて言い訳をする。
「あのね…、外で声をかけてくれた人の胸で盛大に吐いちゃって…。」
「「「ええ?!」」」
そうなるよね。私だって申し訳なくて今会っても小っ恥ずかしい想いで会いたくない気持ちもあるほどだ。
「…着ていた服を汚してしまったから弁償しようと思ってお財布取りに行って戻ったらもう居なくて…」
目の前にはすっかり伸びてしまったうどんが鎮座してこちらを見上げていた。吐いても吐いても気持ち悪さが無くならなくてこのまま一生食べられないのではないかと思っていたのに少しだけ自らそれを食べてみようかなと思った。
食べ物を食べたい、食べようと思うのは酷く久しぶりに感じる。
お箸を持ち、うどんを数本掴むと少しずつ啜った。冷めてしまってはいるが、優しい味のそれはとても美味しかった。
彼の胸の中に腹の中のものを全てを吐き出したような気分だ。手を翳せば体の悪いところを治すことができる不思議な能力を持っている私。彼は自分と同じなのではないか?
もちろん気持ち悪さが完全になくなったわけではない。黙々と食べ進めていたうどんも半分ほどで満腹感に襲われて食べ進められなくなった。
それでも先ほどまでは一口で猛烈な吐き気に襲われていた。吐く物もすでに胃液ばかりだというのに。
彼の手が優しくて、温かくて…
勝手に出てきてしまった涙を抑えることができずに初対面だというのに吐き気も相俟って彼の胸で全てが治まるのを待っていると、聴こえてきたのだ。
彼の鼓動が。
それが妙に心地よくて。
初対面だというのにそこの場所から動きたくないと本能が言っていた。