第22章 今の上官は風柱様です!※
何故あの時すぐに抱きしめてやらなかったんだ。
後ろを向いたほの花は肩を震わせていたし、鼻を啜る音が聴こえないわけがない。
すぐに「ごめん」と言えば済む話だっただろ。
もしそうすればほの花ならきっと許してくれたと思う。
元に戻れたと思う。
それほどまでに優しい女だから。
それなのにその機会を俺はみすみす無碍にした。自らの意地と情けなさから。
藤の家に走って入っていくほの花を追いかけることもできずに、自分の屋敷に向かう足取りも重い。
"お前なんか継子にするんじゃなかった"
そんなことを言っておいて、婚約者としてはそばにいてくれなんて虫が良すぎるし、俺はこの数分の間に"継子"と"婚約者"を失ったことになる。
「…何やってんだよ、俺は…。」
空を見上げるとどんよりとした黒い雲。
まるで自分の心情を表しているようで妙に親近感が湧いた。
その内、ぽつりぽつりと降り出した雨を避けることもせずに浴びながら歩く。
その雨がまるでほの花の涙のように感じたから。
それならば俺はそれを全身全霊で受け止める必要があるだろ?
泣かせたのは俺だ。
アイツは悪くない。
お館様から頼まれた継子に勝手に惚れて、
元嫁達との関係すら解消したというのに
自ら傷つけて手放したと言っても良い。
むしろアイツは今までこんな俺によくいつも付き合ってくれていたと思う。
俊足が自慢の元忍の音柱だというのに、走れば数分の距離も走る気にならずに歩き続けた。
そうすれば少しは頭が冷えて、冷静に状況を受け止められるだろうと思ったから。
しかし、受け止めるどころか屋敷に着いて真っ先に向かうのはほの花の部屋。
足が勝手にそこに向かってしまう。
居るはずのない彼女を探し、嗅ぎたくて仕方ない匂いを求めて無遠慮に彼女の夜着を出して雨でびしょ濡れのまま抱きしめた。
そうすれば漸く、少し気分が落ち着いていくのが分かったが、それも数秒の話。
「"荷物はあとで取りに行きます"…か。…帰ってこいよ…なんて口が裂けても言えねぇくらい酷いこと言っちまった…。」
愛する女を失った絶望感はとどまることを知らず、自分を覆い尽くしていくよう。
もう二度と
ほの花をこの手に抱くことはないのかと思うと全てがどうでも良くなった。