第19章 まだ見ぬ先も君といたい。【其の弍】※
洗面所にはお気に入りの香油石鹸が置いてある。泡立てると花の香りがして、しっとりと洗い上がるので大好きな石鹸。
それを泡立てるといつもと同じ場所でいつもの匂いを嗅いだことで途端に込み上げるものがあった。
慌ただしかった先ほどまでが嘘のように急に訪れた静寂と日常が嬉しくて心底ホッとした。
「…怖かった…っ…ひっく…。」
漏れ出た言葉は私の本心。
そっか、私は怖かったのだ。
不測の事態が起こった時に、対処できるか不安だった。医療者は私だけ。自分が招いた状況の責任を取れるのかと恐怖に怯えていた。
しかも相手は子どもだ。後遺症など残ったらどうしよう、と考えることだらけで脳が疲れたのだろう。
溢れる涙は止まらなくて、手を洗い終わるとその場に蹲った。
だけど、此処には私しかいなくて、誰の足音もしなかったのに急に後ろから抱きしめられたのが誰かなんて聞くまでもない。
気配もしなかったのは元忍の彼ならではなのかもしれないが、温もりを感じてしまうともっと涙が止まらない。
「…ひっ、く…、気配、も、っ、感じなかった…っ!」
「…そりゃあな。俺の女が一人で泣いてるかもしれないって気付かれないように来たんだから。」
「…泣いて、ない、もん。」
「…そうだな。泣いてねぇよな。ちょっと休憩してたんだよな。」
「…っく、…うん。」
「じゃ、俺も休憩すっかな。ほの花抱きしめてくれねぇ?」
「……っ、うん。」
そう言って手を広げる宇髄さんの胸に飛び込むといつもの温もりに包まれる。
怖かった。
怖かったよ。
人が目の前で死ぬことの恐怖が甦って本当は逃げ出したかった。
「…頑張ったな。流石は俺の女。」
その言葉に堰を切ったかのようにどんどんと流れていく涙は
悲しみを
恐怖を
流してくれるよう。
でも、それはこの手の温もりのおかげ。