第1章 はじまりは突然に
「…ほの花…、ッ。」
放心状態で血溜まりの中で佇む私に声をかけたのは今にも消えそうな小鳥の囀りのような声。
私はその声のする方向に顔を向けると屋敷の縁側に血まみれのまま横たわる母の姿があった。
「お、母様…!!!」
慌てて駆け寄るがもう虫の息だというのがすぐにわかり、涙が溢れ出した。
「やだ…逝かないで…!!」
誰もいなくなってしまう。
お願い、これ以上わたしから家族を奪わないで。
「ほの花…よく、聞きな…さい。う…産屋敷様のところに…行きなさい…、きっと助けて、下さる…わ。薬、を…薬品庫に…あるか、ら」
「わ、分かったから。もう喋らないで…!い、いま治すから…!」
傷口からドクドクと流れ出る血液を止めるために精神を集中した。産まれた時から不思議な能力があった。怪我をしたりすると手を翳してその部分が不思議と治るのだ。
今回も早く母を助けなければという一心で傷口に手を翳そうとしたが、その手をやんわりと握られた。
「こら…。それは安易に…使っては駄目、だと教えたはずですよ…。」
「何で?!今使わなかったら…」
「わたし、は…もう助かりません…ほんの少し生き長らえるために娘の苦しむ姿なんて見たくない、の。」
母の言ってることは頭では分かっていた。この不思議な能力は陰陽師一族の中でも私の身に授かったもの。しかし、それを使うと漏れなく酷い体の怠さで寝込んでしまうのだ。
瀕死の重体の母を助けたら自分もどうなるかわからないし、使ったところで母の言う通りほんの少し生き長らえるだけかもしれない。
それでも母に生きていてほしいという私の欲を母はきっと分かっていたのだろう。優しく笑うと私の頭を撫でた。
「ね、ぇ…ほの花、あの人を…恨まない、で?全ては…あの、男…鬼舞辻無惨の…」
「…っ、ひっ、く…誰なの?それは。」
涙が溢れて止まらない。
冷たくなってきている母の手のひらがもうすぐこの世からいなくなることを示している。