第1章 はじまりは突然に
──ドクンドクンドクンドクン
体中が逃げろと言っている。ここにいたら自分も同じ末路を辿るのだと安易に想像させる。
でも…まだ生きてる、かもしれない。
誰か…一人でも生きててくれたら…。
──パキッ
ウダウダと迷っていたのは数十秒のはずだがその間ひたすら息を潜めていた。それなのに自分の足元にある小枝がほんの数センチ位置を変えただけで割れてしまい、しんと静まり返っていた屋敷内にやけに響いた。
その音と共にぐるりと首をこちらに向けた父…だろう人の手には兄の亡骸。
そしてよく見るとあちこちに散らばっているのは家族の遺体。その数は自分の家族と一致していて込み上げる涙と吐き気。
「っ、お、とうさま…ッ?な、んで…」
この数ヶ月で何かあったのだろうか。そんな悠長なことを考える暇はないのに、優しかった父の姿はなく、目は血走り口元は大量の血液、そしてそれを舌舐めずりで味わっているよう。
その姿はバケモノそのもの。
「…う、あ、ああああー…」
言葉が分からない。
私の言葉もきっと分かってない。獣のように唸っているだけのそれは今にも自分に飛びかかりそうだった。
──逃げろ
本能がそう言っている。でも、足が動かない。
逃げるって言ってもここが私たちの家。一体どこへ?
私は腰に付けていた舞扇を取り出し、それを目の前にいるバケモノに向けた。
逃げたところでどうしようもない。
ひょっとしたらこの隠れ里に住んでいた人々を殺したのは父かもしれないと思うと…
(自分の家族がしてしまったことは家族が終わらせなければ…)
私は1つ息を吐くと父に向かい、地を蹴り舞扇を広げて攻撃を仕掛けた。
自分の家族を手にかけるなんて最大の罪。
私はこの日、父親を自分の手にかけて殺してしまった。
どうやって殺したかどうかは覚えてない。
必死だったのだ。
式神を使ったのかもしれない。
舞扇で首を切ったのかもしれない。
気付いたら父の姿はそこにはなく、父が携えていた五芒星の首飾りを握りしめていた。