第11章 ヨリミチトキミノミチ※
温泉というのを初めて知った。
里にいると温泉なんて聞いたこともなかったから。
私は別に里にずっといたわけではなく、必要であれば町に買い物に出かけたこともあった。
最初で最後の縁談はあの町の呉服屋さんの真田清貴さんだったので一度父とそこに出向いたこともある。
もちろん陰陽師の末裔だと言うことは言っていないが、里では完全に"売れ残り"になっていた私に父が町に行った時に縁談の話を持って帰ってきたのだ。
だから里に住んでいるからと言ってもあの周辺の町であれば行ったこともあるが、遠出はしたことがなかった。
初めての遠出が正宗たちと行った全国放浪の旅だった。
ついさっき知ったが宇髄さんは温泉が好きみたいだし、知らないことを知れるのは嬉しい。
私は彼のことをまだよく知らない。
好きな食べ物は雛鶴さんたちに聞いたけど、
どんなところで育ったのか、ご両親はどんな人なのか、兄弟はいるのか…。
知らないことはたくさんある。
きっと三人の元奥様たちのがよく知っているだろう。
それが少し寂しい気もするけど、無理に聞き出すことでもないとも思っている。
話したくなったら話してくれる気もするし、私たちはまだ数ヶ月しか一緒にいない。
それなのに全てを知ろうだなんて時期尚早だ。
宇髄さんは凄く私を愛してくれているのは分かるし、そうでなければお墓の前であんなことは言えないはず。
どんな過去を持っていてもこの人への愛が揺らぐ気はしないし、過去は変えられない。
それを今どうこうしようとするのは烏滸がましいことだ。
「宇髄さんの好きなものを共有できて嬉しいです。楽しみだなぁ…、温泉…!」
「そうか?休みさえあればいくらでも連れて行ってやるよ。」
「ふふ、ありがとうございます!」
「温泉で歌っても良いぞー。」
「…のぼせませんか?」
お互いのことは少しずつ知っていけば良い。
私はそれだけで十分幸せだ。
19年間誰にも相手にされなかったのに宇髄さんみたいな人に見初められたこと自体奇跡なのだから。