第10章 『実家に帰らせて頂きます』【其の弍】
部屋の中を見ると壁際に大きな本棚が鎮座している。
薬関係の本は薬品庫にあるのだが、ここの本を見たかった。ここを出る時に持って行った薬事書の他に、読み書きをするのに使っていた本がもう一つあった。
あの時、動揺していたから見つけられなかったのかもしれない、と思ったがよくよく思い出してみるとあの本は普通の人が見たらただの料理本に見えるはずだからだ。
そんな本が薬品庫に置いてあることの方が違和感がある。
そもそもその本が薬関係の本だと気付いたのはここ数年のこと。
料理の本だと思っていたのにある日ふと気づいたのだ。薬の調合が書かれていると。それに気付くと母から教えてもらった歌も手遊びも…全てが薬の調合になっていることに立て続けに気付いた。
母に聞いてみたら"しー"と指を立てて「秘密よ」と言ってきたのは記憶に新しい。
薬事書に書かれているのは誰にでも教えていい内容のもの。
しかし、分からないように、気付かれないように薬の調合法を分けて記す、分けて伝えたのは何故か。
兄たちには一切教えず、私一人に全て教えたのは何故か。
──万が一にもそれを悪用されることを恐れたためだ。
母は偉大な薬師だ。
そうでなければこんなことは考えつかないはず。
私は知らず知らずのうちに母に薬師として育てられたのだ。自由に生きていいと言っていたのに、私の負担にならないように自分の努力の結晶をすべて託した。
1ページ…
また1ページと捲る。
母の字をみると懐かしくて
グッとくるものがある。
しかし、そこから溢れ出すのは母の無限の愛。
溢れ出した愛はこれから先、何人もの人を助けるもの。
私も母が残した愛で人を助けたいとこの時初めて思った。
「…その本も…お目当てか?」
「はい…。久しぶりに読みました。」
「よかったな。」
隣に屈むと初めて出会った時のように背中をトントンと撫でてくれる宇髄さん。
こんなに愛してくれる人と巡り会えたことも奇跡でしかない。