第10章 『実家に帰らせて頂きます』【其の弍】
「いまから顔離しますけど…ぜったい、こっちみないでください…。」
「は?何で。」
「泣きすぎてめちゃくちゃブサイクなんです。100年の恋も冷めます。」
どんな理由だ、それは。
一瞬で肩の力が抜けたわ。こっちはほの花の心の心配をしていたと言うのに、お前は自分の泣き顔の心配かよ。
「冷めるわけねぇだろうが。俺がどれだけお前を愛してんのかまだわかんねぇのか?」
「愛してても嫌いになるほどブサイクなんですっ!無理です、嫌われたくないです!」
「絶対嫌いにならねぇから見せろ。」
半ば強引に顔を引き離すと涙目を背けて顔を赤くしているほの花が目に入るが、一体これのどこが"100年の恋も冷める顔"なのか。
「…俺はお前の感覚を疑うぞ。ほの花がブサイクな瞬間なんてねぇだろ。」
「慰めはよして下さいよぉ…。」
「どんなお前だって好きだし、クソ可愛いし、愛してんの。これでも信じられないならここで一発…」
「すみません、すみません、よく分かりました。ありがとうございます。」
やっと普通にこちらを見てくれたほの花がそのまま自分の家に目を向けるとまた俺の手を掴んで歩き出した。
玄関らしき場所の近くで一度立ち止まると再び俺を見上げる。
「…母はそこで亡くなりました。ここが玄関です。どうぞ。掃除もしていないですし、履物を脱がずにそのままで大丈夫です。」
そんなこと言わなくてもいいのに、ほの花は起こった出来事を受け入れる為なのか一つ一つ整理するかのように俺に伝えてくれている。
だから俺もほの花の言葉を一語一句逃さないように真剣に聞いた。
それで少しでもほの花の気が晴れるなら。
促されるように玄関から中に入ると木の匂いが優しく香ってきて、ここで凄惨な事件が起こったなど考えられないほど何だか懐かしさを感じるような空間だった。